2017年08月15日

1969 NORTON COMMANDO 750 FASTBACK 修理作業記録 東京都T様


古い英国車は一筋縄ではいかない。「やったー!遂にノートン買ったぞー!」皆さんが一世一代の買い物をした時・・・まともに走れるモノじゃなかったとしたら一体どうする・・・ 


「一度、修理をしてもらいたいんですけど・・・ハンドルから手を離せなくて、脛が濡れる位オイル漏れが・・・」 買ったコマンドの善し悪しすら判断がつかないと言う。 暫くして届いた車体に目を通すと、その酷さに強い反感を覚えた。


金属スラッジが堆積し、エンジンに車体はオイルまみれ、スイングアームにヘッドステディーはふらふら、ギアにシフトは激しく摩耗し、クラッチは破壊寸前、ホイールにタイヤの寸法は的外れ、アイソラステックはまるで化石の様、イグニッションは辻褄を合わせただけ、そしてミリネジが至る所に使われる哀れな姿・・・


クローズドサーキットを貧しい知識と下手な運転操作で散々痛めつけた挙句の果て、そこいらから集めた外装に戻し売り飛ばす。おまけにその後のメンテナンスも適当なまま使われて来た・・・一台の尊いブリティシュをこんな酷い姿にするなんて・・・私は絶対に許せない。


「修理は止めた方がいい、やっても無駄だよ・・・」 私もやるとすれば本気じゃなきゃ出来ない。相手が生半可な気持ちなら止めた方が良い。「やります、必要な資金を絶対に確保します!・・・」 やり取りするうちに彼の本質が垣間見える。話の最後に私は仕事を受けた。


先ずはクランクシャフト、そのメインベアリングはコマンドの鬼門だ。どの時代も仕様変更した後に必ずケースを割り業績を悪化させた。今回はコンバットエンジン以降使われたローラーベアリングを更にモディファイしたタイプを左右共に使う事にする。更に締結用のボルトにナットは精度の高い炭素鋼製のモノを新調し、センターの振れ幅はゼロとした。


コネクティングロッドは曲がりや歪を計測し、シェルに締結用の高精度なボルトナットをあてがう。因みに上側のシェルに有る穴はオイルジェット用のモノ。高性能化する鋳鉄製シリンダー空冷エンジンにとっての命綱だ。


オイル漏れの酷かったクランクケースだから、それこそ丹念に調べていく。そして、各パーツを宝石の如くそっと組んでいく・・・エンジンの性格を決めるカムシャフトは走る事が好きな彼の為のスペシャルだ。


このシリンダーではピストンのボアを一杯まで広げられていた。これもレース参戦では常識だが一般道では全く迷惑な話だ。仕方なく余裕の少ないシリンダーに、断腸の思いでワンサイズオーバーのピストンを入れた。


リングの溝にピストンリングは何よりも大切だ。返りを丁寧に面取りする。ピストンクリアランスに合わせてリングの各隙間は全て自分の数値に納め把握し記録する。後に何が起ころうともこの事実を把握していれば動ずる事はない。


シリンダーにはカムフォロァーと言う大切な部品がある。ノートン系のエンジンでは内部の摩耗を良く見る必要がある。そして超硬合金を貼られた打撃面の摩耗も同様に良く確認する。この辺りがОHVエンジンの正しく肝になる。


シリンダーヘッドにはヘッドステディーと呼ばれるコマンド特有の装置が着く。このヘッドステディーを固定する3本のボルトのメネジが全て壊れていてヘッドステディーが全く宙に浮いてしまっている、これは危険だ。3ヶ所とも正しくヘリサート加工する。


これがそのヘッドステディーだ。これは850の1973年辺りからのものでボックスタイプと呼んでいる。750用の板状のモノは必ずクラックが入り最後は破断する。サーキット走行ではノーヴィル製やそれに準ずるモノが剛性的に適している。けれど一般道ではこのボックスタイプがバイブレーションの質、走行性能、コスト的にベストだ。


さて、今回は少し「らしさ」についても語ってみたい・・・これはイグニッションシステム、コンタクトポイントブレーカ一のユニットだ。勿論ルーカス社製で左右を独立させたタイプ6CA、前の4CAのモディファイ版だ。


分解するとこうなる。左がガバナー式の進角装置、右がコンタクトポイントとそのベースだ。右のブレーカーが決められた時期に接点を切り高電圧発生のきっかけを作る。そして、左の進角装置は走り出すと、遅らされている点火タイミングを本来の時期に戻す為のものだ。


一方、こちらはボイヤー社製のマグネットを使った無接点式のイグニッションシステムのマグネット式のピックアップ部でコンタクトブレーカーにあたるものだ。で、進角装置はここには無くイグナイターのボックスの中にその機能は入る。で、どちらが良いかと言う話は環境に寄り一長一短だ。一度取り付ければメンテナンスフリーの無接点式は、自分に知識も無く近くにショップも無ければこの上ない味方になる。


対して機械式は、ブレーカーに一定の電流が流れ接点を損傷させる。それにより点火時期が狂い電圧の低下も起こる。よって定期的なメンテナンスは必要だ。(写真は今や貴重なルーカス社製のコンタクトブレーカポイントで箱付き、私の秘蔵品だが今回は彼の為に使う)


取り付ける場合はオーナーへの適性を見極める事が大切。で、その上で個人的な見解を言えば・・・レーシングエンジンには必ずレベルの高い無接点式を使う。そして一般道を走らせる時にはやはり機械式だ。力強い始動性に鼓動感溢れる乾いたサウンド。スロットルを開ければ不器用でアナログな加速感 「ボソッボソッボソッ・・・」 ルーカス社製のコンタクトブレーカーの「カチッカチッカチッ・・・」って作動音を胸に抱いて走れば説明は一切不要!二度と作られる事のない原始的なこのシステムを現代のコンピュータ社会に於いて堂々と使い切る事の格好良さ。クラシックモーターサイクルにわざわざ乗る理由がここにあり!・・・乗った事の有る者のみぞ知る男の宝物だ!


しかし、この車体のホイールは下品だった。踏んづけられた革靴の如く、サイズも見栄えも全く理解出来ない。無性に腹立たしくなり元に戻してやる。特にファストバックとはその流麗な女性美が最大の魅力で、それには細いパンプスの様な美しいリムが必要不可欠なんだ。


その細く美しいリムに嵌めるタイヤは更に大切だ。当然の事エイボン社製のスピードマスターMkⅡ、これは誰にでも分かる。仮に3.00-19と3.25-19が有れば全ての者が後者を選択する、これが間違いだ。アーリーコマンドには前者、3.00-19が絶対なんだ。


更に、それらを活かすも殺すもこのフロントのマッドガード次第だ。左が4.10用のワイドスタイル。右が3.00用のナロースタイルだ。この僅かな違いが明暗を分ける。選択するタイヤサイズもさることながら、このマッドガードを間違えると無知を露呈する事になる。


更にはバランスウエイトも大切な小物だ。下にある外したヘンテコリンなそれらしいものは間違いだ。装着している三つのウエイトがコマンドのモノ。この小さな小物を間違えると、これもいわゆる「ドン引き!」ってやつになる。また、間違えても日本製旧車に見られる半田をグルグルと巻くことだけは止めてもらいたい。(浮いているのは作業中なので…)


足回りの締め括りはリアタイヤ、アーリーコマンドの譲れないこの景色。その名も「AVON GP 3.50-19」。皆さんもアーリーコマンドに出会ったなら、さり気無くここを覗いてみよう。オーナーの力量が見える。


アーリーモデルであるならばセンタースタンドはこの形だ。短く車体の中央に位置するこのスタイルはこの時代の象徴だ。しかし、小柄な日本人でこのスタンドを軽々と上げるには相当な腕力が必要だ。皆さんも上げて見るが良い。殆どの者が大苦戦するはずだ。


オリジナル度を尊重する私でもここだけは大胆に改善する。エンジンマウントにセンタースタンドの取付加工を施す。


これでレイターモデルと同仕様となり、少し華奢な者でも起こせるようになる。ロングなツーリングで疲れた時にその恩恵を受ける事だろう。但し、闇雲にやってはいけない。冶具でしっかりと位置決めしないと使えないモノが出来上がるからだ。


このプロップスタンドはアーリーモデルの粋だ。意味不明なモノが着いていたので交換した。ドミ系の流れをくむこの絵が分かれば皆さんも一段上のアーリーコマンド通だ。


コマンドでは、弾みでハンドルの振れが収まらなくなる時がある。そんな時このステアリングダンパーは有効だ。・・・だが、諸手を挙げて喜ぶべきものでもない。ステアリングヘッドにテーパーローラーベアリングを入れる事と同様にアイソラステックフレームでは他車にない特有の反応を見せる。コマンドを熟知する正しい知識がないと逆効果になりかねない癖のある個所だと知って欲しい。


ファストバックにもアーリーとレイターの各モデルがある。このアーリーファストバックではサイドカバーはシルバーだ。彼の意向で、黒だったものを塗り直した。


そして、コマンドに限らずこの時代のブリティシュではデカールは塗装の後に貼るのが常識だ。現行車のように最後に上塗りを掛けてはいけない。これも「ドン引き」になる。水に浮かせて貼るこの時代のデカールは今も水で貼る。爪で擦れば剥がれてしまう。紫外線に劣化してしまう。それでも塗装の上に貼る。使用と共に朽ち果てていく様に哀愁を感じて労わる気持ちを持つ事が本来のブリティッシュモーターサイクリストなんだ。


試運転の朝、エンジンをかけた。「ズッ・・・ズッバッババババババ!・・・ヒィーーン・・・」 機械式のイグニッション特有の始動性は心強く、一回り大きくなった排気音が違いを示す「・・・バッババババババッ・・・ヒィーーン・・・」 一連の準備の後、クラッチを合わせた・・・


先ずは慣れるまで様子を見て走る。「ズッズッズッズッズッズッ・・・ズッウーーーン・・・」


徐々に各部が軽くなり当たりにも変化が出る。「・・・ズッウーーーン・・・・・・ズバッバッバッバッバッバッ・・・」 ずっと回転を下げて行き、そこからのレスポンスも抜群にいい。 


一般道に降りて海に出た国道178号線だ。私の好きな丹後の海。宮津から世界遺産「伊根の舟屋」まで走り続ける。「・・・ズバッバッバッバッバッバッ・・・」 サウンドもバイブレーションも全てが生き生きとしてまるで生まれ変わったようだ。スロットル操作ひとつ、ストレートだけでも充分に楽しめる。



オイル漏れもなく快調にファストバックは走っている。機械式の点火装置も健気にずっと強い火花を飛ばし続けている。「・・・ズバッバッバッバッバッバッ・・・」 エンジンも、車体も、電装系統も、全てのモノが高いレベルでバランスしている・・・だが・・・


勿論、今回の作業はやって良かった。こうして、一台の英国車を救えた事に安堵している。だが、今回の試運転では何故かずっと脳裏に別の事が浮かんで離れない・・・


昔は特殊な世界だったブリティシュも、良くも悪くも一般的になりつつある。その殆どの者が自分の快楽の為に英国車に跨る。「どうだい、カッケーだろう!」 格好良ければ何でも有りだと自慢する、そんな姿が非常に残念だ。乗りたい時だけ大騒ぎ、熱が冷めれば知らん顔・・・汚い車体を指摘すれば汚れた方が今の最先端なんだとか言いやがる・・・


特別なモデルでなくても普通な英国車を心より愛する事。実際に走って、使って、オイル替えて、磨いて、抱きかかえて、そうして英国車愛を育んで行き、結局二度と手放せなくなっていく。生涯に渡り大事に乗り、更には自分の死後の愛車の事まで考えている・・・そんなブリティシュカルチャーとして深く考えている真の英車乗り達は一体何処へ行ったんだ?英国車がポピュラーになりつつある昨今、常に危惧している事なんだ。


そして彼との出会だ。始めは大丈夫かと思うも、芯が有るなと思い始め。結局のところ想像以上に根性ある彼だった。何より古いモノを愛する心は出来ている。そして、日頃の贅沢を切り詰めて費用を捻出し、完成の日を待ってくれた。試運転をしながら気が付いた。このファストバックを息子さんに託すんだと言う彼こそ私の捜していた真の英車乗りじゃないか・・・


私は、受ける前から直接目も見ないで納車はしないと言っていた。だからわざわざ東京から盆休みで満員の新幹線に立ったまま来てくれた。そして自走で帰って行く・・・。私は彼に願いたい、どうかファストバックに沢山の美しい景色を見せてやって欲しい。どうか山や川や海を大切な相棒であるファストバックに感じさせてやって欲しい。この私が命を吹き込んだ尊いファストバックにも大切な人生が有るんだ・・・同時にファストバックの体を労わって欲しい。手入れを目一杯にしてやって欲しいんだ・・・これからは都心を走るのはもうやめよう。箱根や信州の素晴らしい道が近くにあるじゃないか。きっとファストバックもその方が嬉しいんだって・・・


彼なら的を得た走りをしてくれる。彼なら愛車を大事にしてくれる。彼ならこのファストバックを生涯宝物にしてくれる。今回、離れていても彼と心ひとつに作業を進められた事・・・それはお互いにとっての財産だ。こうして別れの時にも、彼には自然と感謝せずにはいられない。遠ざかって行く赤いルーカス社製のテールライトを見ながら、私は彼と彼のファストバックに心からの感謝を込めたんだ・・・
「ありがとう・・・また箱根で会おう・・・」    2017.8.14 布引クラシックス 松枝

後日、Tさんから便りを頂きました。是非ご覧ください。

「松枝さん先日は納車、および焼肉、本当に有難うございました。
なかなかの弾丸ツアーになってしまいましたが、私の中ではとても良い思い出になっています。
(帰り、終始雨で雨雲を見ながら注意して走るの、ちょっと疲れましたが、ちゃんと着いたら洗車しました!)

また、キャンプ、最高に楽しかったです。写真、ちょっと探して送りますね。
また、その際、みんなから本当にかっこいい、綺麗と言われとても嬉しいものですね。
こちらでもあまり天気がよくなかったので軽くしか田舎道を走れなかったのですがとても気持ちよく走れました。
(まだ怖いので回しても4000回転そこいらにしてましたが)

それと、オイル類の細かい情報、有難うございます。
今回はエンジンオイルとミッションオイルを変えようと思っていますが、
今度、プライマリーオイルを交換する際、ちょっと外し方等、これまた教えて下さい。
(というか、メールだとわかりにくいので秋など直接お会いして聞いた方が早いですね)
と、仕事の都合次第ですが、このコマンドなら兵庫もそこまでの距離じゃない、と感じてますのでたまにはお邪魔するようにしたいと思います。

Mさん、お会いしたら必ず声かけさせて頂きます。
そして色々な旧車 英車乗りがいますが、布引ファミリーとして大人な感じで一緒に走れたらなぁ、と思っています。
また、何かありましたら電話・メール等で連絡取らせてもらいます。では・・・」

「T君、ありがとう。
こんなに楽しい納車は中々ないね。
僕も良い時間過ごさせてもらったよ。
インター迄一緒に走ったけど、上手じゃないの。
これは箱根が楽しみだ。
家族の皆さんにもよろしくです。では・・・松枝」

試運転コース往路編


試運転コース復路編


参考記録
走行距離
一般道        253.3km     
高速道路       111.9km
総合計        365.2km 

使用ガソリン量     16.46L (無鉛ハイオク)
燃費         22.19km/L
燃料タンク容量     約15L
リザーブ容量      約3L

  

Posted by nunobiki_classics at 21:49作業完成報告 ノートン編