2017年09月05日

1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車記録 東京都M様


1950年代のトライアンフを代表する6Tサンダーバード。これほど立ち位置の変わったモデルはない。


当時、最速の部類だった5Tスピードツインにもじわりと高速化時代の波が押し寄せ、排気量を上げた6Tサンダーバードが1950年にデビューする。


同時期にマーロンブランド主演映画「The WILD ONE」が上映され大ヒット、ファンの要望を受けたトライアンフ社は新色をラインナップ。それが全身ブラックカラーをまとった「THUNDERBIRD BLACKBIRD」だ。


リジットフレームからスイングアームフレームへと変わり、更に1963年にユニットエンジン化されモデル名も6TAとなる。当時はトップモデルであったサンダーバードもこの時代にはもっぱらスタンダード車として位置づけられた。雨や霧の多い英国らしくカバードされた本国仕様の車体は「バスタブ」と称され新聞に郵便に小荷物と色々なモノを運んでは市民の生活を支えた・・・(写真はハーフ仕様)


1960代半ばを超えると市場は最早アメリカの独壇場、何を作るにもアメリカ色が強くなり製造するその殆どがUSモデルとなる。そして1966年、遂にその歴史に幕が降りる。サンダーバードは製造中止となり同時にこのナセルヘッドも永遠にこの世から消え去ったんだ・・・


「サンダーバードが欲しいんですけど・・・」と一報が入り、私はシリンダーを降ろした。2年間、基本的なメンテナンスで走り切れるように念入りに作業を始めた。


この6TAでは、エンジンの圧縮比を上げよう。低めの設定である6TAにトロフィーと同様の瞬発力を与えた。


このシリンダーヘッドも車体と同時に製造されたモノ。幾つもの修羅場を潜り抜けて来たとっても大切なモノ。駄目なら交換すれば良いって話じゃない。


この辺りの作業上手くやらないとオイルは滲む。上手くやってもオイルは滲む…ここがクラシックモーターサイクルの難しいところ、それでもやれば必ず結果は出せる…


シリンダーを塗装する。古いモノだからと刷毛塗りでペタペタと塗るのがイケてると巷では言う。しかし、塗膜は鋳鉄製シリンダーの放熱を確実に阻害する。出来るだけ薄い塗膜でしっかりと塗る、そうすれば熱は逃げ易い・・・明白な話しだ。


軽く見られているホイールも走る上で重要なモノだ。各部品を洗浄点検し組み直す。何十年と使われたホイールベアリングはシールドタイプに替えてやる。


そして、今回はホイールサイズを前後共に当時のトロフィーと同サイズに替えた。又、当然の如くてスタンド類、リアのショックアブソーバーもそれに合わせ新調した。


フロント廻りのパーツも、こうして塗装する。ナセルヘッドからフロントフォークへの一連の流れは美しい。それぞれのパーツが流れるように色を塗る。


古いモーターサイクル故に、そのままでは走れないモノがある。それは電装部品。リレーにスイッチに信頼性の乏しい接続端子等・・・故障ばかりしている英国車の殆どが電気系統のトラブルによるもの。メインハーネスの製作交換に加えバッテリーに各スイッチと万全を期した。


そして試運転に出掛けた。ここは日本海、余部鉄橋。サンダーバードは朝から終始快調を保ち気持ちの良い走りを見せてくれる。「ズバッバッバッバッバッバッ・・・」転がり抵抗が少なく前後のホイールが楕円形になったかのようにグルグルと廻り車体を引っ張ってくれる。


英国車の中でもトライアンフのクランクシャフトは軽い。コツは大胆にスロットルを開る事だ。「ズバッバッバッバッバッバッ・・・」っと引っ張ってから、深くクラッチレバーを握り切り「・・・チャッ!・・・」っと確実にシフトアップしよう、ローからセカンドは抑え気味に、セカンドからサードギヤは思いっ切りに、そしてサードからトップギアへはそれなりにと、遠慮は要らない。スパークプラグの温度を高める事がポイントだ。


逆に減速時には慎重に走ろう。「ズバッバッバッ・・・」とスロットル戻してリアブレーキ当てて、「ズドゥーーーーーーーーン・・・」と待って待って回転数の下がるのを更に待ってからクラッチレバーを深く握り切り「・・・チャッ!・・・」っと入れて「ズッウォーーン・・・」と一度エンジン回転を上げて間髪入れずにクラッチをつないで「ズゥーーーーーーーーン・・・」とシフトダウンだ。


エンジンの再始動では、スターターレバーを優しく廻そう。決して蹴るんじゃない。「・・・グルン・・・」とリズミカルに廻す事。力む必要など一切無し!トライアンフのスターターは英国車の中でも最も軽い部類。スターターレバーを固定するコッターを守る事の方が旅を走り切る為に大切な事なんだ。アナログショッピングはコチラ


ここはJR山陰本線の「鎧駅」 その昔、私がまだ高校生の頃、愛車に跨りスロットルを目一杯開けて走ってはここに来た。小さな駅舎からホームを渡り海を見渡せば見事な景色が出迎えてくれる。そして海を眺めた後・・・自然と笑顔が戻って来る・・・駅を出る頃には勇気が湧く・・・素敵な私の思い出の場所だ・・・


そして、男らしく帰って行く。「グッワンワンワンワン・・・!」キャブレターのスターターレバーを引っ張りキックを踏み込めば激しく唸るエンジン音「・・・キィーーーーン・・・」不規則な3本のマフラーから怒涛の如く白煙を巻き散らし走り去って行く・・・16才の私の愛車はカワサキ。未だ始まったばかりの人生で、こんなにも刺激の強く、大切にしていたモノは無かったかもしれない・・・そんな青春の一ページが瞬時に思い出される私のとっておきの場所なんだ・・・ ※駅の詳細はコチラ


皆さんには是非トライアンフで走ると言う事を、少し高貴な事だと思って欲しい。1966年製のこのサンダーバード6TA。今年で52年も頑張っているって事、皆さんもしっかと受け止めて欲しい。「ズバッバッバッバッバッバッ・・・」この一回一回の鼓動音を当たり前だと思って欲しくないんだ・・・


丹後半島の夜は孤独だ。何もない世界を淡々と走らなければならない。そんな時でさえ、サンダーバードは私を守ってくれる。寒くても暑くても辛くても、サンダーバードは私を運び続けてくれる・・・
そもそも皆さんは勝手だ。金を出してトライアンフを買えばいい。けれど買われてしまったトライアンフには君達を選べない。主人を選べぬトライアンフが幸せになれる保証など何処にも無いさ。せめて命あるモノだと信じて暮らしてやって欲しい・・・トライアンフにも人生がある!私はそう思うんだ・・・


そして納車の日、彼が夜行バスに乗って東京から来てくれた。東京では少し特殊な仕事をバリバリこなしているそうだ。前回のファストバックの彼同様、頭が下がる思いだ。


今日は、丸一日かけて納車をする。いろいろ話して説明して、そしてこうして実技編もある。エンジンの掛け方からメンテナンスの話まで時間を掛けて話したい。東京だと頻繁には会えないからだ。


帰りに焼肉を食べながら話をする。結局、サンダーバードの事のみならず、仕事や家庭や諸々の話の方が多かったのかな?彼を知ると同時に彼も私を知る有意義な時間を持てた。


そして、いよいよ彼が東京まで帰って行く。初めてのトライアンフ、初めての右シフトレバーを気にしていたがどう感じるのだろうか?・・・頑張って帰って欲しい、家族の下へ無事に辿り着いて欲しい 「・・・一緒に走る迄には上手になっていなよ・・・」 と小声でつぶやいた。


1950年のデビューから1966年のファイナルモデルへと。栄光から挫折を味わった名機サンダーバードを2017年の日本の、それもこんな田舎のインターチェンジで今見送るって事・・・私が自身で輸入し自分自身で面倒を見て来たサンダーバードは単なる売り物なんかじゃない。家族同然の存在を失うって悲しみを誰が理解できるだろうか?・・・主人を選べぬこの6TAサンダーバードをいつも幸せに暮らせるようにする事は君の絶対的な義務だ!次の箱根できっと立派に出迎えてくれる6TAサンダーバードをこの瞬間、私は脳裏に焼き付けたんだ・・・ 
2017.9.6 布引クラシックス松枝

後日、Мさんから便りを頂きましたよ。是非ご覧ください。
「松枝様
お世話になります。東京のMです。
無事、東京の家に着きました。(連絡少し遅くなりスミマセン)
新東名で小雨に見舞われましたが、そのタイミングで仮眠しました。
後は曇ってましたが、雨の心配はありませんでした。
渋滞の方も大丈夫でした。

エンジンまわりもチェックしました が、オイル滲み等は全く無かったです!
燃費もびっくりする位良く、途中で13リットル分入れた位です。

この2日間は、自分の中で、今年の夏一番のイベントだったと思います。
松枝さんには焼肉をご馳走して頂いたり、バイクの説明して頂いたりとても感謝しています。
ありがとうございました。」

松枝の返事です。
「М君、ありがとうね。本当にお疲れ様でした。
無事に帰れて安心したよ。

僕も君に会えて良かった。これも何かの縁だね・・・

今度の箱根、楽しみだね。
それまで、密に箱根で練習して頂戴よ!では・・・松枝」






試運転参考資料

一般道走行距離     314.4km
高速道路走行距離     77.9km
総走行距離       392.3km 

使用燃料        11.94L(プレミアガソリン)
燃  費        32.8km/L   
  

Posted by nunobiki_classics at 23:22作業完成報告トライアンフ編