2012年10月11日

ずっと気になっていた奈川村の小さな店


長い間、ずっと気になっていた一軒の店がある。
長野県奈川村、乗鞍の麓にひっそりと佇む小さな店 「手打ち蕎麦こばやし」

25年前、私はテントひとつ積んで愛車と共に一人旅した。上高地から乗鞍高原を訪ね、初夏の深い山々を散々走り倒した。
喉は渇き、腹は減り、疲労困憊、時に走り過ぎてしまう一人旅…そんな典型的な状況に私は陥っていた。
乗鞍の山を下ってどうしようかと、とにかく一旦コーヒーでもいれて休もうか・・・・そう思った矢先、突然この店が私の目の前に現れた。

エンジンを止めると辺り一面静寂に包まれる。酔いしれていたたサウンドも、ここでは只のノイズだ。
申し訳ない気持ちと共に店の中に入ると客は私ひとり。暫くすると店主が注文を聞いてくれた。蕎麦を喰うならせいろだ。しかし、冷えた体にそれはできなかった。待つ事30分、そばを打ち茹でる時間に丁度だ。冷たくなった手のひらをぴったりと器に合わせ、つゆをすすった。
「ズッズズズズ・・・・・・・」
一杯のそばがこれほどまでに美味いと思った事....一杯のそばにこれほどまで感謝した事....それは私にとって生まれて初めてのことだった。
そして、また必ず来ようと何の裏付けもないままに店を後にした....



あれから25年後の今日。私はその「蕎麦屋こばやし」を訪ねようと愛車を走らせた。いつものようにひとしきり走りそのブリティッシュなサウンドとバイブレーションに陶酔した。
「ズバッバッバッバッバッバッバッバッバ・・・・・」
途中、お気に入りの場所に立ち寄った。私の大好きな日本海、福井県の越前海岸だ。ずっと続く海岸線…海に沈む夕陽は文句無い絶景だ。


碧い海、白い雲、香る潮風 日頃の雑踏を忘れるための役者は揃った。これからどんなシーンが待っているのか・・・心が踊る。だが、古いモーターサイクルでの旅では、自分勝手に楽しんではいけない。ソロのツーリングで自分を守ってくれるのは跨る相棒だけだ。
「今朝の調子はどうだ?....何かあったら.....俺に任せておけ.....」愛車を労わり、そう言葉を掛けながら走る、それが英国車乗りとしての心得だ。


陽も高くなったので昼食をとることにした。福井県と言えば越前そば、中でも知れているのがこの「森六」さんだ。昼も過ぎていたので、迷わず入る。そして、越前そばと言えばおろしそば。辛み大根に鰹節が乗り、つゆを掛けて食べるあれだ。ここでおろしそばを喰わずして何を喰う。扉を開ける前から決めていた。ところが・・・・


一応、品書きを見ようと目を通すとあらぬものを見つけてしまう。
「スペシャルせいろ・・・・?」と書いてある。
店の女性の方に尋ねると「この地方の特産の薬味がつくんですよ・・・」薬味好きの私には酷な選択だ。
あれだけおろしそばと決めていたのに、結局このスペシャルを頼んでしまった・・・・。優柔不断ではなく苦渋の選択と言わせて欲しい・・・


店内とスペシャルせいろ。薬味にねぎとわさびと柚子とウニがつく。のど越しの良いそばと各種の薬味。特に柚子は風味も爽やかで抜群に合う。この地方特産の固めのウニもいい。ひとしきり美味い蕎麦を堪能した・・・・・
しかし、どうしてもおろしそばが脳裏に残る。「・・・・帰りにもう一度寄って、おろしそばも喰うか!」適当に納得させた。けれども帰りに寄れるはずもなく、結局喰わずじまい。「初志貫徹!」一度決めた事を変えた自分が悪いと反省しきりだった・・・・。


さあ、食事も終えて意気揚々と出掛けよう!「森六」さんを後にして飛騨高山を目指した。いよいよここからが本番、この旅の始まりだ。そして通るこの国道158号線もなかなかのナイスロード。大野市街のバイパスも完成し山間部にダイレクト。特に九頭竜ダムを越えてからの道は適度なカーブと山の雰囲気がその気にさせてくれる。更に岐阜県側の国道156と158号線も素晴らしい。ひるがの高原の辺りは高所の雰囲気も気に入った。この後、宿に向かうため少しペースを上げて走り続けた・・・・


そして最初の宿、飛騨高山の「山久」さんに着いた。時間は夕方5時半頃。ここは、一人での宿泊が可能なのと、愛車を屋根のある駐車場で保管してくれると言うので決めた。一昔前の宿では一人だと断られ公共の宿やキャンプしか手立てがなかった。不景気の副産物、恩恵を授かろう。
そして、宿の人が言う場所に愛車をそっと運んだ。 「ここなら安心だ…ゆっくり休めよ…」 静かに横たわる愛車を見届けて部屋に向かった。


コンパクトな部屋だが、一人には充分だ。窓の景色も高山の街並みを見おろし風情あり。結局、今日の走行距離は420キロ。アマルのツインキャブレターに乗る同士なら、その右手の疲れが想像されよう。早く風呂につかり自分の体も癒してやりたい・・・。


風呂の後は食事だ。写真の右上のものは、朴葉味噌で味付けされた飛騨牛のなべ。そしてこの他に天麩羅とめしがつく。写真では大したことは無いかもしれないが意外に量が多い。折角作ってもらったものだからと完食しようとするが、結局天麩羅には手もつけられなかった。申し訳ないと思いつつ 「板前さんご馳走様、ありがとう・・・・」 造って頂いた心に感謝した…


そして、就寝までのこの後の時間が私はとても好きだ。今日の一日を回想する。道のひとつひとつ、風景の一場面ずつを心に思い返してみる。コマンドのグッドバイヴレーションにグッドサウンドをもう一度心の中で楽しんでいる。こうして日暮れの様子を見ていると心が洗われる。今日一日を愛車と共に無事に過ごす事が出来た。明日は、どんな一日になるんだろう・・・・弾む胸を抑えて眠りに着いた…


生きている証を求めて走り続けた飛騨の山々。それは自分を見つめる大切な作業なんだ。
飛騨の朝は冷たく、身の引き締まる思いと共に宿を後にした。地図では何の変哲もない国道も私にとっては大切な思い出の道。アスファルトの一枚一枚を、走り去る景色の一場面一場面を心に刻みながら乗鞍の高地を目指した。すると突然見たことも無い立派なトンネルが現れる。私はブレーキを掛け止まった。 「こんな道、通る為に来たんじゃないさ.....」 そして、旧道を捜そうと記憶を辿るが思い出せない。暫くして 「あーっここだ!」 私は、スロットルを大きく開け、細い小道を掛け上がった。


今は通れない乗鞍スカイライン
着いたのはここ。乗鞍スカイラインのゲート手前。昔は通れたこの道も、今はもう一般車両通行止めとか。高地特有の低く白い雲と爽やかな湿度のひんやり感がヘルメットをとる頬を包む.....自然環境保護の下で、こんな爆音と排気ガスを撒き散らしていては洒落にもならない。お前の来るところじゃないんだよと、山の神様の声がする。だからゲートまでは行けなかったんだ。


穂高の北アルプス大橋
そして、穂高を目指した。知る人ぞ知る北アルプス大橋に着いた。さすがに高地の天候はめまぐるしく変わる。雲が掛かっていたと思うと突然晴れる。荒い迫りくるような斜面に標高の高さが伺える。植物をも受け付けない険しい山々。見ているだけでジーンとくる。


橋を横から見るとこんなだ。写真よりも断然大きく、よくもこんな秘境の地にこんな巨大な構造物を作ったものだと感心する。この橋の向こうにはヘリポートがあって、恐らく冬山の遭難救助に使うんだと思う。こんな険しい山の中で、救助活動をするなんて、凄まじい仕事に就いている人もいるんだなと思うと.....自分の仕事など、容易い事なのかなぁと思えてしまう.....


路に寝そべって空を見上げることの素晴らしさ。普段忘れたことが見えてくる。
橋の袂の路面に仰向けになって早い動きの雲達を眺めてる。日常では有り得ない風景を何も考えずに見続けた。25年前の自分では、いつも何かに葛藤していた。いつも何かと戦っていたと言った方が良い。それは今でも変わらない。けれど、多少なりとも人生経験を積んだ分、幅や奥行きが見えてくる。 「どうせなら、質の高い人生を送りたい。」 手間の掛かるブリティッシュに乗る事もそれだからだ。
ひとしきり物思いにふけリラックスした後、穂高の山を再び見た。すると必然的に思うんだ。 「いけないなぁ....ちゃんと見られてんだよなぁ....」 日頃の己の邪念の多さに、自分を戒めた。


忘れ去られた安房峠は今も輝いていた。ずっと変わらない私の大切な路。
再び国道158号線に戻り、安房峠から平湯温泉に向かう。ここがまた私の大好きな道なんだ。今は有料道路ができトンネル一本で峠を越せる。だが例のごとく、昔の道を頑なに走りたい。また入口を捜して、目指した細い国道を掛け上がる。中に入ると何も変わっていないと直ぐに分かった。 「あーっここだっ 」私は俄然嬉しくなった。森林浴ではない何か凄いものが降り注いでくる。太陽の強い陽射しのようにキラキラと輝いた何かが私の視界を支配した。 「ズバッバッバッバッバッバッバ.....」 何にも代えがたい時間を今過ごしているんだと強い気持ちをもって走った.....
暫くして、愛車を止め廻りを良く見ると、木々が薄く色づいている。 「あーっ紅葉もこれからだなぁ....」 こうして度々立ち止まって、度々景色を見るものだから全く先に進まない。でも、それでいい。走る為だけに来たんじゃない。大切なものを求めに来たのさ....


白樺峠。険しい山々が一望できる大切な場所。
その昔、黒く尖った山を見るのが好きだった。同じ景色を見ようと楽しみにしていた。 「ここ、ここっ!」 勇んで愛車を降りる。しかし、前に生えている木々が大きく成長して何も見えない。それは只の雑草の中だった。 「そりゃぁそうさ。木も成長するよな....」 期待外れも旅の粋。楽しさを持って先に進もう!
再び走りだしてから、随分長く同じような峠道を走っている。 「しかし、遠いなー」 すると、やっとのことでこの林道が終わった。 「この辺りだったかなぁ」 意外に記憶と合わない。段々と鼓動が高鳴っているのが分かる。 「どこだったんだろう?」 捜しても捜しても見つからない。ずっと捜し続けたその最後に、はっとあの面影が飛び込んできた。


なぜだかずっと心に残っていた「手打ち蕎麦こばやし」
目の当たりにすると緊張感が走った。腹が押され胸の奥で息を呑んだ。

「....やっと来たんだ.....」

顔を上げ見渡すと何も変わっていない。店も、扉も、前の道も、廻りの景色も、何もかも変わっていない。勝手に変わっていないと信じていたけれど、本当に変わっていないなんて思いもしなかった。25年、四半世紀も経っているのに.....まるでタイムマシーンの中に居るようだった。


「.....」 エンジンを止め、ゆっくりと近づと、人の気配はない。生活感のない扉の中には「本日休業」と札が掛けられていた。「あの時の店主は健在なんだろうか?」 旅立つ前から、気になっていた。 「今でもそばを打っているのかな?それとも.....」 いろんな事を思っていた。

今の時代だから調べれば簡単に分かる。けれど、25年前の出会いを私は大切にしたい。突然出会った店だから、ずっとそうであるべきだ。蕎麦を喰えなかった事なんかどうでもいい。自分の記憶だけを頼りにやっとの想いで訪れて、たとえ休んでいてもそれでいいのさ.....出会いとは、思い出とは、そうあるべきだ.....と、私は思う。暫く無心になって、当時の事をずっと回想した… 
「おじさん、また来るよ!」 顔すら憶えてもいない店主に勝手に挨拶する自分に失笑しながら店を後にした。


その時がどうであっても、必ず戻ってくると約束した。
私は景色も見ずに、只淡々と走っていた。 「いやっ、きっと元気なはずだよ!、次がどうであれ、また来ればいいさ!.....さあ行くぞっ。この路がまた良いんだよ!」 私は気持ちを切り替えてスロットルを大きく開けた。
「ズバッバッバッバッバッバッバッバッバッ.....」
私の右手の動きに輪を賭けて、相棒が一段と力強く路面を蹴ってくれている。
「そうか.....お前も分かるんだなぁ......ありがとう....」

そう、奈川村から野麦峠を通り361号線に通ずるこの県道は変化に富んだ素晴らしいところ。途中狭いところも多く大型車がいない。普通の四輪車にも殆ど出会わない。因みに二輪車にも全く合わない。独り占め状態の中、山を、空気を、景色を、脳裏に叩き込んだ。


観光地にはしたくなかった野麦峠
ずっと走り続けてやっと野麦峠に辿り着いた。その昔、テレビで有名になって出来た立派な記念館には閉口する。それよりも、こんな細い山道を昔は歩いていたんだ。 「小さな少女たちが、こんな細い道を歩いて、遠い山を越えて行ったんだなぁ....」 モーターサイクルに跨り簡単に来るようなところじゃないんだよと、その重みを感じた。


こんな山の奥地でひっそりして居られる事の不思議
そして、振り返ると私の大好きな風景が広がる。野麦峠から見る御岳山だ。残念ながらこの日は朝から天候が悪く、こうして多少でも覗けて良かったと喜んだ。誰も居ない野麦峠。人に邪魔されずにいるこの時間が、体に滲みる程に大切なものだと思う。都会の生活では、全く考えることができないくらいの山中で、こうして愛車と佇んで居られる事に不思議な感じがずっとしていた。突然の事で、さすがに写真は撮れなかったが、この付近でツキノワグマと鹿にも出会った。気軽に訪れている山々も、本当はこの子たちのものなんだ。そう実感する。 「邪魔してごめんよ....」 私はそう言って、静かに立ち去った。


優しい表情の暖かな景色も、私の旅には欠かせない。
野麦峠を後にして、細い山道を変わり続ける景色を楽しみながら走り続けた。そして361号線に出て景色も変わる。こうしたコスモス畑も秋の風物詩。ちょっと見ようと立ち止まったりした。険しいものだけが良いのではなく、こうした暖かな気持ちにさせてくれるモノが旅には必要だ。


自分を守る、自分を守ってくれる。大切な相棒にも人生がある。
ここはもう秋だから、こうして稲が干してある。道の端には、名も知らぬ花が咲く。白い雲と碧い空と、木曽の清々しい流れる風が、私を少し高めてくれた気がする。
私の相棒の顔を見て欲しい。この活き活きとした表情を.....私は、彼が例え鉄の塊だとしても、人間として扱っているんだ。彼の喜んでいる顔....彼の悲しんでいる顔....彼の苦しそうな顔....私にはそれが全て分かる。皆さんにも大切な愛車の表情が、愛おしい相棒の声が、分かっているはずだ.....今日も彼は安全に私を乗せて走ってくれる。これからも大切に守り続けたい心の支えだ。


この旅の最後に、大切にしていた場所を尋ねた。私にとって偉大な山
奈川の「手打ち蕎麦こばやし」に会いに出掛けた今回の旅。帰りにもうひとつ大切な場所を尋ねた。

私が是非とも訪れたかった場所。それがこの木曽の御岳山だ。標高3067m、無骨で荒々しい男の山。中々その表情が見れない高い山だから、朝から不順な天候だから、きっと見えるはずなんかない。走りながらそう高を括っていたのに、直前にこんなにも晴れてくれた。

「凄いっ、見えるよ........」

心の中で押し殺すようにつぶやいた。余りの絶景に時間を奪われたかのよう.....そして、暫くして気がつくと何も聞こえない。私は、視線だけを動かして聞こえるはずの音を捜した。間違いなく風が吹いているはずなのに....草や木々が清々しく揺れているのに....けれども、幾ら耳を立てても、辺り一面静寂なままだった。


「..........」 誰も居ないこの場所で、私はずっとこの無骨で美しい山を見続けていた。ここを発てば、この旅も終わる。後は幹線の国道を走り高速道路に上がるだけ。思えば、神戸を発っていろんなところに行き、いろんなものに出会った。昔に訪れた景色を今自分の目と体で確認できた。それぞれの土地の空気を吸い込み、それぞれに輝いた光を見た。こんなにも沢山の、こんなにも素晴らしい、こんなにも上質な感動を、与えてくれた飛騨や木曽の山々に私は感謝したい。


「沢山の感動をありがとう.....本当にありがとう.....」

ベタな言葉ではあるけれど、ずっと続くバイブレーションの中で私は思っていた。傍から見れば、単なるツーリングなのかもしれない。でも今の世の中で、こんなにも人の心の中に突き刺してくるモノが他にあるだろうか?走らなけりゃ腐っちまう。何もしなけりゃ駄目になる。人生への自問自答、見えない何かへの出来得る限りの我が抵抗なんだ。

「走るって俺の全て…生きてる証なんだ......」

ずっと私を守ってくれた愛車に底無しの感謝をしよう。頑張った自分を褒めてやろう。こんなに素晴らしい世界を与えてくれた何かにありがとうを言おうじゃないか。

「ズバッズバッズバッズバッズバッズバッ・・・カコンッ・・・ズバッズバッズバッズバッズバッズバッ・・・」

帰って来たさ、遠くに都会のネオンが見えたさ。それでも私はずっとずっと大きくスロットルを開けていたいんだ.....

                   2012年10月 布引クラシックス  松枝




参考データ
総走行距離          1138km
高速道路の走行距離     461km
一般道の走行距離      677km  
燃費               27.4km/L

今回のルートは以下です。
乗鞍御岳山の旅その1をクリックしてください。


今回の走りましたルートはコチラです。
また、データの容量の関係で分けています。ご了承ください。


その3のルートはコチラ
更に容量オーバーのため、帰りが京都辺りで終了していますが、実際には神戸市中央区が到着点となります。


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