2013年03月18日

1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録

1966 TRIUMPH THUNDERBIRD 6TA
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
1950年に650ccアイアンヘッドから始まった6Tサンダーバード。1960年からのデュプレックスフレームを経て、1963年にユニットエンジンに換え1966年その幕を閉じる。今回のサンダーバードはそのファイナルとなる1966年製の6TA USモデル、こうして鮮やかなカラーが与えられた。ご覧のようにナセルヘッドを持つ古典的なスタイルとは裏腹に、通称アイブローと呼ばれるバッジのついた細身のUSペトロールタンクとグレイフェイスのスミス社製スピードメーターが独特の景色を持つ。そして、グレー色のアマル製ハンドルラバーが小粋に光り、7インチのフロントのブレーキには縁が設けられ作業性を高めている。また、ライセンスプレートのないテールライトユニットはUSモデル正規のものだ。そして、バスタブと呼ばれるサイドのスカートもこのモデルには装着されないのが正しい。 
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
エンジンは1963年から他のモデルと同様にユニットエンジンとなるがその性格は穏やかで、スポーツ性能を前面に打ち出すボンネヴィルやトロフィーと対照的な味付けとなる。キャブレターはアマル社製376、電装系はルーカス社製RM19ステーターコイルを持つ12Vが標準。リムサイズは前後共WM2-18 、タイヤサイズは3.25-18と3.50-18、ウエイトはドライで166キロと軽量さがウリだ。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
海外ではグレートコンディションと称されるこの車両なら、エンジンを開けずにそのまま走らせるのが普通だ。しかし、届いて直ぐにエンジンをかけて音と振動でおおよその見当をつけ、おもむろにシリンダーヘッドを降ろした。これはシリンダーヘッドのエキゾースト側を上から見たところ。バルブのステムも痩せが酷く、ガイドも目視で分かる程楕円形に摩耗する。故にガイドの周りにはカーボンの付着が顕著だ。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
中央に2本突き出しているものは、カムの動きをロッカーアームに伝えるプッシュロッド。OHVエンジンの象徴だ。奥の1本を良く見ると小さく欠けがある。外して観察すると接触面は4本とも思った以上にきれいで摩耗も無い事から、以前の組み立て時にこの一本だけを挟み込んでしまったものだと分かる。出先でここに欠けや割れのトラブルが起こると対処ができない。故にいつも細かく調べる箇所だ。これでオーナーのトラブルがひとつ未然に防げた事になる。
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ピストンヘッドのカーボンもそれ程多くもなく標準的と言える。オイルの滲みも見ての通りであるけれど半世紀前の英国車としてこれも極標準的と言える。無表情なエンジンよりこの方が微笑ましく見える。それもクラシックモーターサイクルの粋だと言えぱ、言い過ぎなのだろうか.....
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
ピストンはサンダーバードとして正しい7.5対1の圧縮比。サイズもスタンダードで、交換されずに走っていた事が分かる。クリアランスを測ると使える範囲にはある。最も、当時のクラシックカーの世界では全ての車両が理想のクリアランスを持って走っていた訳ではなく、圧縮も下がり白煙が出てもお構いなしにガンガン走る。打音も大きく騒がしくなってもスロットル全開で堂々と突っ走って行く。そんな楽しい姿を皆さんも古い映画や何かで見ているはず。なんとも楽しく私の目には映るんだな。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
だからと言って、ここではそのままは使わない。文句のないクリアランスを与えて次のオーナーの使用に備える。特にピストンリングの具合には目を光らせる。シリンダーに嵌る具合、ピストンに収まる具合、真面目に修正する。正しい仕事をするからこそ、ずっと使えるモノとなる、ここが大切なんだ。
現代では問題にすらならないスタッドボルトの類も当時のモーターサイクルでは厄介な存在だ。スタッドボルトやナットは勿論のこと、取り付けるメネジの状態が悪いものが多すぎる。只でさえ肉厚の薄いトライアンフのクランクケースだから、無用な加工は控えたいものの、使えないものは何らかの手直しを行う。勝手に動き廻る剛性の低いトラのエンジンだから、尚更完全なものにしたい。たかがスタッドボルト1本、されどスタッドボルト1本。組んだ後に泣いても遅い、手の抜けない大切な部品なんだ。
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OHVエンジンの肝とも言えるフラットタペットとガイドも入念に点検修正し同時に組みつけた。そして、重くずっしりと来るこの鋳鉄製シリンダーが英国車には欠かせない。現代から見れば諸悪の根源としか映らない。決して器用とは言えないものだけれど英国車らしい走りを演出する大切なファクターのひとつ。私の好きな部品のひとつなんだ。
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燃焼室に溜まったカーボンも取り除き、慎重に仕上げたバルブを組んだ。ガイド、バルブ、スプリング共に全てを交換する。シリンダーヘッドに於ける作業にはエンジンの安定性を決める大切な要素が詰まっている。やり抜く事が大切だ。更に、クラシックカーの整備作業に於いて最も大切な事は、余計な加工を行わない事。ポートの研磨や面研をする事はクラシックカーでは極力避ける。少しの段差や鋳型の跡はその時代の味として残す。コンピューター制御の機械に囲まれた精度ばかりを口にする皆さんには、未だその意味が分からないと思う。しかし、ずっとクラシックカーの世界を突き詰めて行くと、結局皆さんも私と同じ事を考えるようになるんだ。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これはヘタリのきたバルブスプリングだ。当時の部品の中でもこのバネ材の類には注意して欲しい。バネと言うバネにはヘタリや折れが必ず来る。特にこのバルブスプリング、単気筒エンジンの圧縮上死点近辺以外では、必ず何処かの箇所がブッシュされ止まっている。ずっと押さえつけられて半世紀。材質が悪いと言っても無理もない話しと言える。装着される8本全て新しいもにの換えた。
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こうしてOHVエンジンの肝であるフラットタペット、シリンダーにピストン、パルで廻り全て、取り付けられているボルトナットの類全てに質の高い作業を行った。そしてオイル漏れの多いトラのプッシュロッドのチューブにも出来る限りの事は施した。
また、今回はクランクケース内には手をつけない。私個人としては開けたいところだがオーナーには予算ってものがある。可能な限りの調べを行い近い将来の作業依頼を待つ事にした。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これがサンダーバードの4スピードギアだ。当時のトライアンフの味を演出する立役者。今街を走る現行車では5スピードや6スピードが当たり前。早く走る事が目的であればそれでいい。けれど何かが違う?何処かが違うと思い始めたなら、古いフォースピードギアを持つモーターサイクルに乗って欲しい。皆さん位の経験があれば、乗れば分かるはずだ.....
ギアの当り面、側面、ブッシュのガタ いろいろな方向から不具合が無いか調べて行く。しかし、ブッシュもドッグも何も良い状態だ。こうして手にとって調べてみると今までの履歴がはっきりと分かる。発売当時に走らせてから、長く保管されていたものだと察知した。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これは、スリープギアのブッシュとプライマリーチェーンケースの仕切りになる。このブッシュにあるシールの当り面に大きな摩耗があるのが見える。ゴムで出来たオイルシール。スプリングではない、ゴムの硬化が原因だ。紙のガスケットやこうしたゴム製のオイルシールは化学合成オイルには強くない。膨張したり硬化したりボロボロになったりする。現行車であれば立派な合成ゴムが使われて何の問題もない。けれど我が英国車のシールは今も昔のままのもの。エンジンオイル以外は何でも良いなんて言う根拠など何処にもないんだ。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これはスターターレバー(キック)のラチェットギアだ。左下が新品のスプリング、右側が装着されていた折れたスプリングだ。このスプリングは皆さんがスターターレバーを踏み込む時にギアを噛みこませるための役目を持つ。無くなるとレバーを踏んでも空回りしてエンジンに力が伝わらなくなる結構大切なものと言える。このまま納めていたのなら必ず路上で立ち往生することになる。些細な事でも未然に発見し防ぐ事が出来た事。それが私の大切な役目なんだと思う。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
こうしてギアの隅々にまで目を凝らして作業を施した。元々良いトラのシフトのタッチ。カチッカチッと決まる。スターターレバーのラチェットも良いを音している。少ない走行距離のものだから、数あるトライアンフの中でも当時の姿そのままだと、自負して頂いて良いと思う。但し、ファーストギアに入れる時には丁寧に入れて欲しい。右足の裏で丁寧に「コチン」と押して欲しい。トラのギアは構造的にギア鳴りを起こし易い。あくまで丁寧に「コチン」と入れてみよう。走りだした後はスパっと入れれば良い。「チャッ.....チャッ.....」と小気味良く決まってくれる。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これはブッシュを交換したあのスリーブギアだ。ギアボックスからメインシャフトを従える。ここはクラッチの裏になり、一度閉めるとそうは表に出てこない。けれど見えないところだからこそ、手間がかかる場所だからこそ徹底的に仕上げてやる。シールやブッシュに全てのものが真面目に仕上げてあるのが見て分かると思う。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
左が発電装置、ルーカス社製RM19のステーターコイルとローターの単相交流発電機だ。右はクラッチ一式、今の現行車に比べるとヒートした時に切れが悪くなる気来がある。レバーの遊びを余り大きくとらないことだ。気をつけて欲しいのは信号待ちでずっとクラッチレバーを握らない事。先の写真のメインシャフトの中に位置するロッドの先端が破損して突然クラッチが切れなくなる。安全であるならば、極力ニュートラルに入れクラッチを開放して待ってやる。それが英国車オーナーの鉄則だ。
そして、中央に見えるエンジンとギアボックスをつなぐ細いプライマリーチェーン。ここも労わりたい、如何にショックを与えず走るか。英国車乗りになったからにはマスターしよう。シフトダウン時には回転を必ず合わせてやること。ガンガン走る事は楽しい事だ。しかし、ラフに走る事とは意味が違う。力強く走ってはいても、愛車には細心の注意を払って走っている、それが皆さんの義務だ。ギア同士が噛みこんでいる現代のバイクとはシステムが全く違うと憶えて欲しい。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これは、ルーカス社製のライトスイッチ。ナセルに載る粋だ。こうした非分解式のスイッチの類もかろうじて導通していると言うのがクラシックモーターサイクルの世界では普通の事だ。マスタースイッチでは走れなくなることも有り得る。接点を磨き、はんだ付けを行い作動を確認する。電気を通してこそのスイッチなんだ。
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「バッテリーは大切なものだ。」余り皆さんは聞いてはくれない。何度言っても気にはかけてくれない。しかし、バッテリーが無ければこのトライアンフは走れない。分かるだろうか?バッテリーは勿論のこと、充電用の整流器、電圧調整するツェナダイオード、そしてそれをつなぐ配線の一本にまで目を凝らす。
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こうして、新たにフラッシャーの配線をひく。ハーネスの不具合も逐一直す。点火系統も充電系統も何もかも、全てを完全に仕上げて行く。電気の世界では中途半端な作業は有り得ない。一般のオーナーには対処しずらい事だから、裏の裏まで調べ上げる必要がある。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
クラシックモーターサイクルの世界でこのステアリングに対する意識は低い。私の知る限りどんなフルレストア車両と言ってもここを触らずに仕上げてあるケースが多い。この場合もそうだ。古いグリスは古いまま、動きの悪いベアリングもそのままだ。こうして全てを取り外して作業する事など稀なこと。楽しい道を軽快に駆け抜けてほしい。そう思いながら作業をするんだ.....
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
これはフロントのアクスルの部品。既に洗浄した後だがここも何十年か前のグリスのままだ。取り外して洗浄し、再度グリスアップする。ガタが有れば交換する。軸の曲がりの有無も調べる。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
こうして、充分にグリスアップされたホイールベアリングを元に戻し、スムーズに動くようにはめ具合を調節する。只叩き込んだだけではだめだ。上手くレースとボールの位置を決めてやる。長距離のツーリングにはこうしたホイールベアリングの安心感が必要だ。廻って当たり前のものでも、「良い状態にしてありますよ!こうなってますよ!」それだけでワクワクと楽しく走れるものなんだ。
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ブレーキにも気を配る。ご覧のようにフロントの7インチドラムとなる。シンプルでさりげなく隠れたトライアンフの小道具だ。効きは悪くも無く、決して良くも無い?当時のモーターサイクルとして極標準的なものである。ここの軸にはシールなどない。水やほこりがダイレクトに入る。よって動きが渋くなる間隔が現代のバイクよりも早く引きずってしまう。全て取り外し修正しグリスアップする。最低限度1年に一度は分解する必要のある場所だ。
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こうした一連の作業を通してこのサンダーバードの素姓が分かる。製造されてから数千マイル走った後、ずっと保管されたものであったようだ。但し、外装部品の腐食などがあってエキゾーストシステム全て、前後のホイールと言ったものが新しく交換されている。しかし、エンジン、フレームなど基幹となる部品の内部の程度の良さは幸運だと言える。買って良かった。これからずっと所有するにうってつけのものだと部品を手にして彼に伝えたい。
そして、全ての作業を終えたサンダーバードを、私の愛車シボレーK1500に積み込み翌朝陸運局へと向かう。
年々厳しくなる新規検査も順調に終え、オーナーの為のナンバープレートを手にした。
1966 TRIUMPH 6TA Thunderbird 納車整備記録
そして試運転に出掛けた。初めて日本の道路に出たサンダーバード。
少し初々しく見える気がする。
オーナーと二人で何処へ旅をするのだろうか?
どんな日本の景色に出会うのだろうか?.....
とても楽しみだ。

こうして、時間を費やし今出来得る全ての事を行った。
届いて直ぐに洗車をして乗ってもらえば良いものを長い時間待って頂いた。
オーナーであるT氏に心から感謝しければならない。

何時の時にでも納める前に思ってしまう
「このまま売らずに.....私が乗ろうか.....」
大切に使って欲しいと願って止まない.....布引クラシックス松枝

試運転記録はコチラ
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