2013年12月27日

TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転

TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
検査受けを済ませたトロフィーをいよいよ試運転へと駆り出す。
今年の師走は天候が荒れていてほぼ毎日のように小雨や時には小雪が舞い散る。
オーナーの事を思えば真新しい愛車を濡らすような事はしたくない。
一瞬の晴れ間を突いて、いざ出掛けてみた。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
今日は三連休の中日、市街地の混雑を避け高速道路で郊外へと向かった。
可能な範囲で加減速を繰り返し、シリンダーや交換した軸受を馴染ませて行く。
各部が正常に機能しているのか耳を研ぎ澄ませて走らせた。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
1時間強走った後、初めての田舎道に降りた。
スロットルから手を放したエンジンも安定したアイドリング状態を維持している。
力強く時に数メートル先の枯葉さえポンポンと勢い良くはじかれる脈動を皆さんも見た事があるはずだ。
そしてこの安定感は終日続き、決してエンジン自ら止まる事は無い。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
マスターキーを捻りエンジンを止めペトロールタップを閉める。
そして、ハンドルと車体を持ってセンタースタンドを立てる時、そのスムースな動きにいつも微笑んでしまう。
力とバランスの妙、優れた設計に支えられた異常とも言えるこのか細いセンタースタンドを見て欲しい。
トライアンフを好きだと言うからには、こうした秀逸的な部品達を傷つけないようにそっと車体を立ててやるべきだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
ギア比の低い1速にクラッチを繋いで走りだす。
頼りなさが合いまみれながら加速する感覚は英国車独特のもの。
喜びの序章とも言える我々だけが知る快楽の時だ。
更に車速に乗るとセカンドギアにサードギアへと意外とも言えるタッチの良さでギアチェンジが決まる。
「ズッズッズッズッズッズッ・・・チャッ・・・ズッズッズッズッズッズッ・・・チャッ・・・」
但し、中途半端なタイミングでメリハリの無い操作をするとギアは跳ね返される。
古い機械とは下手クソな運転技術を拒絶する癖があるのだと知るべきだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
このような勾配のある道を駆け上がる時、スロットルを開けるなと言う方が間違っている。
このトロフィーが最も個性を発揮する場だからだ。
当時の英国車の世界では、エンジンからホイールに至るまで全ての軸が真っ直ぐに並んでいると思ったら大間違いだ。よって何処に進もうとしているのか曖昧なものばかり。
けれど、今回のトロフィーは違う。僅かな誤差が規定の範囲内で修正された時、車体自ら真っ直ぐに進もうとする。この事はとても大切な事で上手く皆さんに伝えようと思うがまとまらない。
只ひとつ言える事は、このトロフィーのハンドルを握って走ってみれば、はっとする違いが如実に分かるって事だ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
皆さんが危惧するコーナーでも、基本を押さえた走りをすれば瞬く間に目を見開くような快感が飛び込んでくる。細いバイアスタイヤが織りなす快感の連続。右に左に軽々と反転し、目線は視界の先から離れない。
「ヤッホーッ!おりゃーっ!」これもオーナーとなった者のみぞ知るトライアンフの醍醐味なんだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
突然、細い酷道に出くわした。草木は生い茂り枯葉は堆積し苔も一面に蒸し進むにつれてひどくなる。
前後のタイヤは流れ、テールを振りカウンターを当てて登り続ける。
普通は引き返すであろう軽トラックさえもすれ違えない汚れた急こう配の道を私はどんどんと進んで行った。なぜならこのトロフィーにはダートな道を走る為の高い走破性能と、敏感な調整をサポートする優れた操作性能を与えているからだ。1960年代の荒野を駆け巡ったあの時のようにこのトロフィーは活き活きと走る。ファッションだけのカスタムバイクではこうは行かない。格好だけのモノなど作りたくもない。
それが布引流英国車道ってものだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
実は私は左手にカメラを持ち右手一本で走っている。それ故にさすがにこの酷い道を写せない。
やっとの事でくぐり抜けて目的地に到着した。
完成したばかりのフルレストア車を転倒の危険を顧みずここに来たのは、この牛窓の素晴らしい景色をトロフィーに見せたかったからだ。
この牛窓の町は日本のエーゲ海と呼ばれ温暖な気候と風光明媚な景色で有名だ。
関西圏のお金持ちがクルーザー付きの別荘を携えている。
良く見ると前島や二十四の瞳で有名な小豆島の周りには穏やか過ぎる海が心を和ませる。
ずっと走らせたトロフィーも今は静まり返って眠っている。
もうハンドルを握る事もないこの子の寝息を暫く聞いていたいんだ…
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
心身ともにリフレッシュした後、あの丘を下り海に向かった。
こうして風を切り走る時、トライアンフが何たるかを知る事ができる。
軽めのクランクシャフト(あくまで英国車の中に於いての話)を持つエンジンをボルトでフレームに直接固定しているトライアンフ。
そのバイブレーションの伝わり方が絶妙に調教されていると皆さんも知るべきだ。
同じ英国車でもノートン系のエンジンで同じ事をすれば不快で走る気にもならない。
ダイレクトに搭載されたエンジンのバイブレーションを車体全体に快感として伝えている技は絶妙だ。
スロットル操作や負荷の掛け方を故意に変えてみればでそのバイブレーションの違いを知る事が出来る。
暫く静かにしていたければ伝えなくする事さえもできる。
皆さんもご自分のトラで一度試して欲しい。
「おーっ!やっぱトラだよ、いいわーっ!」間違いなくそう言うに違いない。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
そして牛窓の中心部に着いた。
ここにはヨットハーバーの他、市役所や警察などが集まるメインストリート、丁度160キロ走り切った。
エンジン、ギアボックスに電装系、全てに於いて順調に来ている。
特にハンドル廻りの操作性や、エンジンの始動性に安定性。オーナーが直接触れる場には神経を使い観察するも間違いは無い。
そして、ここが折り返し地点。予定よりも遅れているので休む間もなく戻る事にした。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
帰路ではいつも電装系統の確認をする。
M氏の場合どんな状況にでも好きなだけライトを点け走る事が望ましい。
スタンダード車よりも高い発電能力を持たせているこのトロフィーだが、そのライトは暗い(笑)。
通常使われる7インチに輪を掛けて暗い6インチなのだから尚更だ。けれどそれで良いんだ。
この掌に乗るような小振りのルーカス社製МCH66こそがトロフィースペシャルがトロフィースペシャルたる所以なのだから。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
更に夜間の走行で身を守ってくれるテール&ブレーキライトもルーカス社製L564が鎮座する。
この凛とした姿勢はルーカス社製ならではのもの。世に蔓延るコピー製品と同じにしないで欲しい。
英国車オーナーである我々のみが愛せるデッドストック品だ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
更にМ氏のこだわりがこれだ。際からエンジンが見えるほど細い2.5UKガロンのUSタンクが彼の何よりの宝物。横から眺めているだけでは分からない、ハンドルを握るオーナーだけに許された至福の景色だ。
こうして、もう二度と手に入らないこだわりのパーツで固めた愛車を所有する事は英国車乗りにとってこの上ない幸せ。オーナーの要求を上手く汲みあげ、更にその上を行くモノを提供する事が私の仕事なんだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
今回はトロフィースペシャルに有るはずもないレヴカウンターを着けてもらった。
若かりし頃のオーナーМ氏はとにかく走る事が好きで、サウンドだけを頼りにガンガン走った。
それ故に幾度と悲しい目にも遭ったんだ。
そして、私が彼に言った一言 「レヴカウンター着けましょうか?」
シングルメーターが彼の強いこだわりだったにも関わらず、もう一度トラを勉強したいと言ってくれた。
その強い決意の証がこのツインクロックスなんだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
そして、山陽自動車道に入りエンジンの回転数を抑え時速50マイルで巡航する。。
オーナーのМ氏は長距離のツーリングを頻繁にする方なので、こうした高速道路での移動も考慮した。
トラのエンジンは他車に比べて軽く廻り常用する回転域も高めになる。
しかし、今回は、トルクを上げたエンジンの恩恵から、その回転域に余裕を持たせた。
長距離の移動ではエンジンの負担を抑え、県道などでは楽しく加速できるものとしている。
長年のお付き合いだから、何をどうすれば満足して頂けるかは残念ながら承知しているんだ。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
もう、このトンネルを抜けると神戸に着く。思えば今日のトロフィーは本当に良く走ってくれた。
「走りが異常に楽しい事」「並のトライアンフにはない質の高さを実現すること」
これが今回のコンセプトだった。
幾つものトンネルをくぐり抜ける毎に考えたが、きっとそれは出来ている。
しかし、それを判断するのは私ではなく依頼者であるM氏本人だ。故にそれは未だ解らない。
近い将来М氏が思いのままに走り続けたその後に何かしらの答えが出るのだと思う。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 冬の試運転
忙しい合間を縫ってМ氏が店に来てくれた。そして、早速乗って頂く事にした。
さすがにベテランのトラ乗りだけに始動も板についている。やるべき事をやった後、さっそうと走りだした。
今の彼は忙しく昔のように好き勝手に仕事を休んでなんかいられない。会社の中枢を担っているからだ。
これからも遠くへ走りに行けるのだろうか?幾分の心配をした。
一通り走った後、M氏が帰って来た。この表情を見て頂ければもう説明の必要はないだろう。
10数年来トラに乗り続けているM氏が、まるで初めて英国車のハンドルを握った時のごとく喜んでいる。
感想を尋ねた彼の答えとは…
「もう…感動です…何か表現しようにも言葉が見つからない位に感動しました…」
と、言ってくれた。
一歩進んでは二歩下がる、長いトンネルをくぐり抜けてこのトロフィーは完成した。
その事を彼は理解してくれている。
言葉が見つからない位感動しているのは私の方だと心の中でずっと思っていた…

                 布引クラシックス 松枝

参考データ
出発地             神戸市中央区
目的地             岡山県牛窓町(現瀬戸内市)

総走行距離          312.9 km
一般道走行距離       129.7 km
高速道路走行距離      183.2 km
使用燃料             12.3 L
燃費                25.4 km/L







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