2015年07月06日

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
この車体は私が2008年にフルレストア行ったものだが、諸般の事情で泣く泣く手放したいと前オーナーからの申し出があった・・・味わい深いプリユニットモデルを理解してくれる高貴な顧客に引き継ぎたい・・・新しいオーナーの為にもう一度磨きをかけた・・・過去の作業はコチラ

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
そして、いつものように来客があった。熱心にトライアンフに対する熱意を語る彼は未だ英国車は未経験だから、私はこう伝えた。「英国車は止めた方が良い、ヤマハに乗っていればずっと幸せなんだ・・・」イマイチ理解していないのか彼の眼は英国車が欲しいと輝いたままだった。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
再び訪れた彼の開口一番「このプリユニットのトロフィー・・・買います!」
「必ず壁にぶち当たって目の前が真っ白になるぞ・・・古い機械とは楽しいだけじゃないんだ・・・」
あの話は何処へ行ったんだ?
結局、彼はこのトロフィーを買う事になった。欲求を満たされた彼は、当然のようにヤマハと同じように走れると思っている。こりゃあ前途多難だな・・・と思いつつ、彼専用の設計図を描く事になる。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
そして、作業を始めた。これは前オーナーの事情に合わせて取り付けてあったミクニ製のVМキャブレターだ。このキャブレターの効果は絶大で、アイドリングに低回転から高回転まで別モノのエンジンのように吹け上がる。不調の世界が嘘のように晴れ渡り皆さんを幸せの絶頂へと導いてくれる夢のパーツだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
しかし、人の話を聞かない彼には安易に日本製キャブレターなど許さない。当然の如くアマル社製のキャブレターに戻す。当時の操作のし辛さを一から味わい苦労してもらう為だ。そして届いた376のキャブレター、いわゆる通称モノブロックキャブレターだ。当然次世代のキャブレターに較べれば始動の仕方もややこしく走りも鈍重で更にはスパークプラグをいつも汚す傾向にある。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
だが、今新品で手に入るモノブロックはかなりモディファイされ、別モノのような安定感を有する。無論、当時のモノブロックを再生して取り付ける事も出来るが、必ず泣きっ面になる事は明白だ。少しばかりの安心感を彼にプレゼントした。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
ミクニ製キャブのお陰で取り外されていたエアーバルブやそのレバー類も当然復活させ、スロットルホルダーも新調する。既にデッドストックであるこれらは英国車の雰囲気に直接影響する重要パーツだ。
しかるべきものが当然のように装備される様は価値ある車体には必須だ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
届いたケーブルの寸法など殆どが合わない事がこの世界の常識。新品が届いたとしても、こうして1本ずつ半田付けしてケーブルを製作し直す事が多い。強度を確保する事は当然ながら、その風合いも英国車らしく作る事が何より大切な事なんだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
英国車の1960年過ぎ辺りまではルーカス社製のマグネトーと言う点火装置が使われている。写真のエンジンの後方にあるのがそれだ。これは自己完結型なので電源等は一切不要。クランクシャフトが廻れば点火する。充電装置に大きな不安の有った当時では抜群の威力を発揮した。

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以前に私がリビルトしたK2F、7年以上経っても快調な状態にあるとは嬉しい限りだ。だが今回は彼の為に新たに無接点式のトランジスター点火装置を組み込んで見たい。マグネトーの好きな私にとって苦渋の決断であるけれど今回に限っては致し方ない。それでも外部からは見分けのつかないように取り付けてやる!これだけは守りたい・・・

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
中身を全て取外した本体の中に、そっとボイヤー社製の無接点式のピックアップコイルを取り付けた。回転数の比例に電力を頼るマグネトーと違いバッテリーから電源をとる事は常時強く安定した電源を確保できる事を意味する。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
新たに取り付けるパーツを適当につけてはいけない。僅かなスペースに確実且つスマートに納める事が大切だ。寸法を出した後、アルミ板を切り出しフライス盤にて整えベースプレートを作る。

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ボルト用の穴や長穴は当然の事ながらインチサイズとして開けている。使うボルト類もそれに準する。フライス等でこうして作ると質の高いプレートが出来上がる。

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右の青い箱がイグナイター、左のものが2気筒分のイグニッションコイルだ。こうしておけば後に誰かが作業する事になっても直ぐに理解できる。作業者にしか分からないようなモノ作りは正に邪道だ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
点火のタイミングを正確にとり、バルブのクリアランスにプライマリーチェーンやドライブチェーンの調整も同時に行う。見ての通りこの時代のプライマリーチェーンはシングルでテンショナーなどの質切設計など一切無い。そして、年式が古ければ古いほどこの辺りの強度は低く、それを理解した上で走らせる事は常識・・・英国車の中でも経験を持った者が乗るべきだと言う最たる箇所なんだ。

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トライアンフの殆どにはこうしたプランジャー式のオイルポンプが取り付けられている。他の英国車がトロコイド式など効率の良いタイプを採用する中ずっとこの形を変えなかった。非常に心もとない吐出性能だが、トラを走らせる分には一応の性能は確保されている。良くも無いが悪くも無い。只、オイルポンプとは言え当然ながら寿命がある。交換する機にはこのMORGO社製のポンプのように精度も高く吐出能力を上げている製品が出ている。極端な価格の差は無いから、交換する時には是非検討して見るといい。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
今回のトロフィーは経験のない彼の為に完全ビギナー仕様として作った。安定性を高くしたモノブロックキャブレターに、増える電気容量に対応して発電能力を上げた充電装置、無接点式のフルトランジスター式の点火装置等々・・・。そのどれもが外部からは全く気がつかないように取り付けた。「このトロフィーって・・・只のスタンダードじゃん・・・?」そう言って頂ける事を期待している・・・

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
エンジンを暖めた後トロフィーを試運転へと駆り出した。ハンドルを握りクラッチを合わせ走り出す。そしてゆっくりとギアを上げて行こう・・・
「ズッズッズッズッズッズッズッズッウ―ン・・・チャッ・・・ズッズッズッズッズッズッズッウ―ン・・・チャッ・・・」
プリユニットモデルを走らせる時、速く操作しようなんて思う者は典型的なずぶの素人だ。
それは「スロー・・・超スローモーション・・・」ボンネットバスのようにゆっくりとおおらかにギアを上げて行く。
「ズッズッズッズッズッズッズッズッウ―ン・・・チャッ・・・ズッズッズッズッズッズッズッウ―ン・・・チャッ・・・」
あくまでスローなリズムを維持するべし!

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
多くのトライアンフでは、2速と3速間のギア比が離れている。彼が今まで乗っていたヤマハの5スピードギアとは全く逆だ。なので、セカンドからのシフトアップでは少し回転数を高めにしてから変速し、3速からのシフトダウン時には随分と回転数が落ちてからギアを下げる。何の事か今は分からないかもしれないが、ここは非常に大切なところだから、必ず何時の日かマスターして欲しい。

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国道や県道を小一時間走った後、高速道路へと駆け上がる。
「・・・ズンズンズンズンズンズンズンズン・・・プッォーン・・・ズンズンズンズン・・・」
こうした高速道路を只真っ直ぐに走る時にもプリユニットモデルの楽しさは溢れている。1インチバーから伝わるバイブレーションが素晴らしい。両足のフットレストと両腕に伝わるそれが絶妙な振動数となっ身体に共振しする。シングルエンジンとは違う、ユニットモデルとも違うもう一段上のバイブレーション・・・それは手がしびれ疲れていても 「・・・もっと振動してくれーっ!・・・」こんな感じだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
プリユニットモデルでコーナーを駆け抜ける事は楽しい。ユニットモデルのように棘が無く素直にその時代にタイムスリップ出来る。1960年からのプリユニットモデルの車重は平均的に190キロ台で世のモーターサイクル達が200キロ超だから軽量な方だ。但し超軽量マシンである160キロ台のユニットモデルから考えた場合その重さを感じる。けれど、プリユニットモデルを楽しむ場合、その「重さを故意に意識して旋回する事」これが大事だ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
サスペンションを含めたプリユニットモデルの車体剛性は低く、こうした旋回中にそれは分かる。旋回を始めた車体では動きの悪いサスペンションに荷重が乗っている。「・・・ゴツン・・・・ゴツン・・ゴツン・・・・・」ぎこちなく動くサスペンションが手に取るように分かる。そこにプリユニットの機関の重さがのしかかり車体は深く沈みこむ・・・

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
懐の下にはあの車体とあのサスペンションが、荷重にグッとこらえながら旋回している。それは正にコマンドでもユニットモデルでもないプリユニットモデルだけの感覚。「おーっ・・・頑張ってくれっ!・・・」そう言って思わず車体を抱きしめたくなる・・・それがプリユニットモデル独特の感覚なんだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
走り出してあっと言う間に日本海に出た。距離にして200キロ弱。この間、ずっと快調を維持している。但し、世のプリユニットモデル全てがこうして快適に走れるんだと勘違いしてはいけない。その多くがトラブルを抱えいる事実も知っておくべきだ。古い機械だからこそ決まった整備だけをすれば走るってものじゃあない。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
そして、海に出たからトロフィーを止めてみた。生憎の梅雨空だから空はどんよりとし、海はそれらしくない表情を見せている。思うに、愛車に跨り海を見に行くって事を人間は何故かしたがる。皆さんだってそうだ。
跨る愛車が55年も前に作られたモノならば感慨もひとしおだ・・・

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
ここは「琴引浜」歩くと「キュッ・・キュッ・・」と砂が鳴く事で知られるが、それを後世に残そうと今では完全禁煙、有料の浜として保全されている。その景観は素晴らしい。風の強い翌日に行けば澄んだ視界に輝く太陽、碧い海に真っ白な砂浜・・・間違いなく人間回帰できる・・・

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そして昼食に京都府民憩いの場「スーパーにしがき」に立ち寄った。ここは元祖コンビニとでも言える店で私が10代の頃には既にあったので相当昔からある。写真はないが、ここでハムカツとカレ―パンとコーヒー牛乳を買った。これが昭和の立ち寄り喰いの王道!油も悪くはっきり言って不味いのだが、のどかな時間の流れる駐車場で食べていると相当幸せになれる不思議な店なんだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
心が豊かになった後、更に懐かしの場所を訪れた。ここは、このトロフィーをフルレストアした7年前に試運転で訪れた「才の神」と言う少し不気味な名前のバス停だ。ここは真下に断崖絶壁の海を臨める事ができる私の穴場的お気に入りスポットだった。
1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
そして7年後の今日、再びここを訪れてみた。バス停は無くなり危険なのか余計な手すりが出来ていた。聞くと地元の路線バスは利用者の減少で廃線になったそうだ。トロフィーを同じように止めて、当時と同じように海を眺めた・・・          「・・・7年か・・・バス停も無い・・・変わったなぁここも・・・」
・・・大切な何かを失った気がした・・・

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
帰りに綺麗な花が咲いていたからトロフィーを止めて眺めてみた。プリユニットモデルにはこうした美しい花が似合う。走るだけのモノなら何も止まる必要などないけれどプリユニットモデルだからこそ美しさを共感したかった。花が、空が、太陽が、澄んだ空気が・・・トロフィーを高めてくれるんだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
そして帰路に着いた。プリユニットモデルを走らせる時何時も思うのは「只の機械なんかじゃないんだ・・・」エンジンをかけて暖めていても傷みが有るかの如く具合を気遣ってしまう。思い切って飛び込んだコーナーでぎこちなく動く車体を思わず守りたくなる。プリユニットサウンドにプリユニットバイブレーションをまとい一日走らせてくれる事の有り難さ・・・「愛情」と「リスペクト」決して忘れてはいけない事なんだ。

1960 TRIUMPH TR6 納車整備記録
そう、間違いなく誰のトライアンフよりもプリユニットモデルは価値が高い。何をどう言ったところでそれは事実だ。質感から走りから所有する事実まで、一段上の世界で有る事は間違いない。だからこそ何台も乗り継いだ「英国車通」が乗るものだ。
けれど彼は全くのビギナーだ。私の助言を蹴り飛ばし自ら選んだ道だ。ならば立派な英国車乗りに成ってもらおうじゃないか。「俺ってプリユニット買ったんだっ!いいだろー!!」程度では泣きを見るのは間違いない。学ぶべき事は多いさ。けれど、半世紀以上も前に設計された価値ある機械に新たな命を吹き込むのはオーナーである君しか居ないのさ・・・

1960 TRIUMPH TR6 Trophy
オーナー 神戸市灘区 N氏

試運転 参考記録

一般道走行距離     339.9km
高速道路走行距離    26.0km
総走行距離        365.9km

使用燃料          12.33L (ハイオク)
燃費             29.67km/L





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