2016年06月22日

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
時代は変わった・・・モノは壊れないからと訳の分からない価値観がこの世界を支配する。 「カッケーナー!やっぱ、見た目っしょ!」 最早スペックや性能なんかどうでもいい。外観的なルックスの良さと誰にでも乗れるイージーさがなければもうバイクは売れない。だが、この時代のモーターサイクルを舐めちゃいけない 「動かない・・・直らない・・・大損し・・・夢は儚く消え去る・・・」 ネットで得た身勝手な知識と、社会に過保護された消費者権利を盾に、不自然な傲慢さを放つ今時の皆さん・・・・・・・・・やってしまった後では遅いんですよ・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
「暫く走ると止まるんです。遠出できなくて・・・」 1965年のトラを買ったと言う彼。何度修理に出しても同じだと言う。だが私の工場も忙しい。目処が経った頃彼がトロフィーを積んでやって来た。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
ざっと見てエンジンを降ろした。洗浄の済んだケース、ボルトにスクリューは空回りしクラックも数ヶ所ある・・・修理の必要なメネジを数えると正常な場所の方が少ない。出来るだけヘリサート加工迄の範囲内で収めたいと作業を始めた。

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だが、そうはいかない。幾つかの場所には、もう修理のやりようが無い位に穴が拡大されている。しょうがないので一旦裏面をごっそりと削り取り、アルゴン溶接で肉盛りする。

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更に、フライス盤で直角を出し正確に決めたセンターヘリサート用の下穴を開ける。あくまで真っ直ぐに慎重に深さ、ネジ山の数等々考慮してやる。全てはマッチングしたナンバーを持つこのケースを再生する為だ。

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そして、全ての箇所を元の規格で再生した。設計も未熟なこの時代のモーターサイクルのエンジンで、スクリューひとつが機能しない事は辛い。少ないネジの数だから小さなボルト1本にも慎重さを持つべきだ。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
良く見るとこのエンジンは一度コネクティングロッドをぶち切っている。古い英国車の常、過去の事だとは言っても本人にとっては歓迎できる話しじゃない。その影響が残らないように改めて検証し作業する。

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オイルラインの清掃に始まるクランクシャフトの整備は万全を期す。コネクティングロッドを計測し狙いのオイルクリアランスと共にシェルを換える。そして、本来のクリアランスを遥かに超えていたピストンはオーバーサイズとし、届いたパーツを入念に修正し整えた。プリユニットから継ぐこの時代のクランクシャフトはやはり風情があって良い。走りに直結するモノだから皆さんもこの景色を頭に入れておくべきだ。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
シリンダーヘッドの状態も悪い。さすがに信じられない程溜まったカーボンの除去に始まりバルブガイドの交換、当りの修正にすり合わせ等々・・・ようするにガタガタの状態だ。もっとも、この時代のここは耐久性も低く今の常識で考えてはいけない。 「えっ?もう・・・」 そんなサイクルで臨むべきだ。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
これが彼のギアボックスの各パーツだ。今の時代にも通用する美しい部品達を入念に調べて必要な修正や交換をする。右上にある金色のブッシュはドライブギアのもの。入力と出力が同一軸上で行われるこの時代のギアボックス整備の要だ。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
中央がクラッチのプッシュロッドでその廻りのブラス製のものが位置決めのブッシュだ。古いものを抜き取り、旋盤で丁度のサイズを造り入れた。今あるこの状態がベストクリアランス、ギアボックス整備第二の要だ。

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これはシフト用のオペレーションプレートだ。皆さんがシフトペダルを操作するとこのプレートが回転し、各ギアをオペレートする。ここの軸とプレートはカシメによって固定される。が、たまに緩んでいるモノがある。この場所は狭く、溶接に寄るビートの盛り上がりは避けたい。なので今回は溶かし込んで着けていきフラットな溶接面とした。

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先のオペ―レ―ションプレートは右端だ。これで力に寄るプレートの逃げも減りシフトのタッチも良くなる。乗り手が直接操作する箇所だから改善の効果は高い。因みにここの緩みは普通にスル―されるので注意が必要、プレートの溝の摩耗と共にギアボックス整備の第三の要だ。

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ここも酷かった。明後日の方向を向いたテンショナーのピボットシャフトを圧入し直して、破断していたブレードを交換し、亀裂のあるケース内外はTIG溶接し、驚く程のスラッジがこびりついたクラッチディスクは美しく洗浄した。チェーンテンショナーが暴れ廻る異常な状態でも堂々と走っているのがこの世界なんだ。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
こうした地味な部品に高い意識を持つ者は居ない。 「このタンクの曲線がトラの魅力なんだよ・・・」 それしか言えんのか・・・一度これを外して走ってみろ。どれだけ大切なものなのか分かるはずだ・・・内部のスラッジを完全に除去し、しっかりとパイピングを施した。

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キャブレーターは最近リプレイスされたモノに交換されているものの、中を開けると全く筋違いの方向に進んでいる事が良く分かる。裏付けの無い自信だけを頼りに作業しても改善はしない・・・不調の根源を直さないままにキャブレターを触る典型的な例だ。

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
更に状態が悪いのが電装系統だ。クルマの電気とは答えは決まっている。何も特別な事をやれと言う訳じゃない。基本をコツコツと積み重ねて行く只それだけ。地味で暗い作業だけれど、ここで手を抜くと絶対に良い方向には進まない・・・ここで手を抜くと必ずトラブルは起きる・・・愛車と顧客をつなぐ命綱・・・それが古い英国車に於ける電気配線というモノなんだ・・・ メインハーネスから追加しているフラッシャーの先まで全てを刷新した。  大切な電装系統の話はコチラ

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そしてエンジンを掛けた。 「ズッ・・ズッウ――ン・・・ズンズンズン・・・ズッウ――――ン・・・」 乾燥した排気音を発するエンジンは至極健康的なバイブレーションを続ける。 「ズズズズズズズズズッ・・ズッゥン・・・ズズズズズズッ・・・」 魚崎の陸運局で検査を受けた後、試運転に出掛けた。

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 「・・・ズバッズバッズバッズバッズバッズバッ・・・・・・」 この年式のユニット650はその力強いルックスとは裏腹に女性的だ。少し健気な所が有って緩慢な面を見せる・・・だから強引に引っ張りこむのではなく優しく導く必要がある。特に勾配の強い上り坂で他車に邪魔される様な時には注意する。スロットルへの反応に神経を集中させ出来るだけ燃焼温度を高めて走ろう・・・ スロットルやシフト操作の大切さはコチラ 

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「ズバッズバッズバッズバッ!・・・チャッ・・・ズバッズバッズバッズバッ!・・・」 クラッチはトラで最も不完全なシステム。遠いレバーを確実にしっかりと握り、ワイドな4スピードギアボックスを一段ずつ使い丁寧に扱い大らかに走ろう。更に、長い信号待ちで握ったままにする事は構造上辛い。出来るならニュートラル位置に戻しクラッチを開放して待つ習慣をつけるべし!

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そして、本来トラのエンジンとはトコトコと低回転で走る器じゃない。こうして抜けるような直線では思い切って開けてみよう。彼女を怒らせてしまった時のように蹴飛ばすようにかっ飛んでくれる。神経を使うべきところ、大端に走るところ・・・ひとつの事を正面からだけでなく側面から見る事も大切だ。 「ズバッズバッズバッズバッ!・・・チャッ・・・ズバッズバッズバッズバッ!・・・」 さぁ・・・視線の先に海の気配がして来たぞ・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
「オ―ッ!スッゲ―ッ!ウッ・・ミ――――ッ!」 トライアンフに乗ったなら海を目指して走りだそう。日常の疲れを癒やすには180度環境を変える事が良い。この時絶対に一人で楽しむべからず! 「トロフィー海が見えるかい?着いたぞっ・・・」 長い経験を持つ英車乗りなら分かる。喜怒哀楽を共有しなければ楽しい旅は得られない。 

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
「・・・・ザッバ―ッ・・・・・シュヮシュヮシュヮシュヮ・・・・」 ここは夕日ヶ浦海岸。 「お疲れさん!トロフィー・・・少し休んでこぅな・・・」 ふたりで海を只々眺めよう・・・   「・・・・ザッバ―ッ・・・・・シュヮシュヮシュヮシュヮ・・・・」 今年一番の思い出さ・・・

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この時代のトラは走るシーンに寄るサウンドの変化が顕著だ。連続した音、歯切れのよい音、力強くも弱くもなる。 「・・・ズッゥ―――――ン・・・」 「・・・ズバッズバッズバッズバッ・・・」 「ドゥワワワワワワ―ンッ・・・」 トラに乗って慣れたなら、先ずはこの音を憶えよう。愛車の状態を知る為には先ずは「音」・・・サウンドの違いを理解せよ!

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
心地よい潮風を受けながら更に走る・・・サウンドの違いを憶えたなら次はバイブレーションだ。スロットルの開け方とエンジンの呼応・・・更に回転が上がる時、下がる時・・・そして、どのくらいの強さで開け閉めするのか、勾配の強弱も・・・この順列組み合わせを自分の五感で操作して、結果であるバイブレーションを足と腕と身体で感じ取る・・・???今は何の事か分からなくていい。サウンドとバイブレーション・・・何年か経った先 「はっは――・・・こう言う事か!・・・」 その時英国車乗りとして階段をひとつ登れるんだ・・・

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もう自分の都合だけで走る場所を限定するのは止めよう。愛車にとって街はまるで監獄さ。緑の中を走らせてやれよ!ズバッと走らせてやれよっ!・・・自分だってドカーンと走れよっ!・・・出来るって! 「・・・ズバッズバッズバッズバッズバッズバッ!・・・」 もっともっとスロットルを開けろって!・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
経ヶ岬の手前あたり一帯は正に私のパラダイス。皆さんもこんな素敵な自分だけの場所を捜すべきだ。更に一人で旅をしてみるべきだ。なんだよ、人を頼ってばかりいて何がトライアンフ乗りだ!やれよっ!走れよっ!一人で旅立ってみろよ!・・・きっときっと新しい自分が見えて来る・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
走る事だけが旅じゃない、陽が傾いたら少し休んでみよう。こうして夕暮れ時こそ愛車とのコミュニケーションの場。疲れた身体を癒やすと共に愛車の顔色を伺い意志の疎通を図ってみよう・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
健気なトロフィーの横顔を見ていると疲れている。それでも首を横に振りながら 「・・・うん大丈夫、もう少し頑張るから・・・」 って、そう言ってくれるから 「そうか・・・もう少しがんばろうなっ・・・」 胸が熱くなる私の想いが皆さんに分かるだろうか・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
そうやって460キロを走った頃、私達は工場に戻った。
今日のトロフィー、朝始動してから戻るまで常に一度の踏み込で始動し、アイドリングは安定し、電装系統もすこぶる正常に機能し、爽快に加速し、スパークプラグの焼けも至極健康的でくすぶる兆候も無く、楽しく旋回し走ってくれた。本当に本当に良く頑張ってくれたと褒めてやりたい。けれども冒頭の文言を思い出そう 「暫く走ると止まるんです。遠出できなくて・・・」 これは単に調子が悪いとか言う問題ではなく、何処もかしこも単純に 「壊れまくっている!」 だけの話し・・・高額なプライスに清水の舞台から飛び降りる覚悟で買った夢がこの様だ。 「英国車なんかに乗るんじゃない!」 良く分かったと思う。
まぁとにかく作業自体も大変だった。文面には上げられない作業が多々有ってさすがの私も疲労困憊だ。とにもかくにも酷過ぎる。もっと状態の良い車両を買えば済んだ話。これじゃぁ時間もお金も倍掛かる。 「自分で分からないモノには手を出すな!」 見た目だけで買うと必ず痛い目に会う。半世紀も前のモーターサイクルを買うと言う事実とは甘くない!これから買おうと思っている皆さんには厳しく釘を刺しておく・・・

1965 TRIUMPH TR6SR 修理記録 三重県津市 K様
そして最後に彼に伝えたい。古いモーターサイクルはこの後のメンテナンス次第だ。活かすも殺すもこれからの手入れ次第だと忘れてはいけない。何もしなけれはエンジンは掛からなくなる。何もしなければまた只の鉄クズになってしまう。私の伝授した項目を必ず実践して備えて欲しい・・・
更に、遠くへ旅をしよう!・・・思い切って一人旅をしよう!・・・誰も居ない遠くの地で世界にたった一台しかいないこのトロフィーと共に素晴らしい景色を見に行こう!必ずや自分の手で幸せの瞬間を掴み取って欲しい!そう願っていますよ!・・・    2016/6/18 布引クラシックス 松枝

参考資料
走行距離・・・・・・・・・・464.6キロ
使用ガソリン・・・・・・・・18.73リットル
燃費・・・・・・・・・・・・・・24.8km/L

走行コースは以下です。





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