2016年04月28日

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告

相手を知らずして何を語らん!
英車乗りに告ぐ、DOHC4バルブインラインフォーエンジンを知らずして英国車を語る事無かれ!

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
今回はいつもと毛色の違うモノを紹介したい。これは1980年代、AМA スーパーバイクレースに於いてフレディの操ったCB900Fだ。純レーサーであるGP500のマシンとは似ても似つかない荒々しさ。暴れるマシンを振り廻し疾走する激しさに皆が歓喜した。今回は、そんな80年代の粋を密かに大切にして来たオーナーの為に仕事をした。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
彼との出会いは、このべベルが最初だった。疲れ切ったエンジンを一からやり直し、気難しいサスペンションに手を加えた。私の手掛けた中でも最も楽しく走れるDМ860スパースポーツ、古いイタリアンで当時の最先端のレーサーレプリカ群と互角に走り得た者はそう多くない。携帯電話もデジカメもないアナログな古き良き時代の話しだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
あれから随分経ったある日 「ホンダに乗りたい…」 神戸市民なら誰でも知っている 「有馬温泉名物 炭酸せんべい」 を手土産に突然彼が言って来た。「ホンダを…?」 一瞬間を止めて考えた。・・・・・そして、この間の話をすっ飛ばし、私は仕事を始めた…。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
この時代のエンジンはでかい。車体に占める割合も高く車格や車重を決定づけている。操縦性能をも決めてしまうんだと開発に反映される前の時代。最後のクラシックホンダだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
先ずは長いクランクシャフト、振れに各部の摩耗を調べるも我が英国車との耐久性の差は歴然だ。数万キロ使ってもメンテナンス次第ではまだまだいける。古いエンジンに携わる者なら 「さっすがっ・ホンダぁー!」 皆思うんだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
これだけの幅のあるクランクシャフト廻りを単に不利だとする事は余り奥の深い解釈だとは言えない。どうして上手く走れない状況に陥るのか?もっともっとクランクシャフトに目を向けるべきだ・・・

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
1970年代を中心に4スピードから5スピードギアへと世の市販車は移行する。積極的なレース活動で得たノウハウは絶大でインラインフォーの破壊的なパワーをドンと受け止めている。そして中央の丸いモノが変速装置の要、回転式のオペレーションドラムだ。これも時を同じくしてプレート式のモノがドラム式に移行し 「カチッ!カチッ!・・・スパッ!スパッ!・・・」 今のフィーリングが完成されたんだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
900ccベースの大柄な車体を引っ張るには正直750ccでは辛い。今回は排気量を823ccとしてみた。そして、ワイセコ社製のピストンを手に取りルーペを使って眺めてみる。リング溝、オイル穴、中子の剛性感等々…現代の高い技術で作られた鍛造ピストン 「いいね・・・」 普段化石のようなピストンしか触らない私にはキラキラ輝く宝物のように映る。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
カムがシングルの初代のCB750Kでは、最早他メーカーについていけなくなりCB750Fは誕生した。カムシャフトはダイレクトな2本となりバルブは16本となった。更にこの巨大で複雑なシリンダーヘッド。このようなモノが簡単に出来るなどと思っては欲しくない。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
これはカムだ。御覧のように二個のカムが行儀よく並ぶ。エンジンの中でも特に過酷な状況にあるこのカムとシムの摺動部分は辛い。激しく叩かれ、擦られ、高温に触らされる。安いオイルを早めに換えれば良いんだと言う輩にはここの過酷さなど知り得ない話だ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
このような直押しのカムにはこうしたシムが入っている(上はそのホルダー)。一度入れるとロッカーアーム式のモノと違いクリアランスの調整を取る事が煩わしい。酷い悪条件の中、数万キロ走っても微動だにしないシム達。単なる鉄の円盤だと思う事なかれ、こいつぁー本当に凄いものなんだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
カムは今回大幅に変更した。高度に削られたリフトのでかいカムシャフト故に角度を正確に取る。ドュレーションを測りロブセンターを決め作用する図柄を頭に叩き込む。手間は掛かるがそれこそがチューニングエンジンの醍醐味だ。

話しは反れるが私が整備士になった駆け出しの頃、当時としては珍しい仕事に就いた。S型と言うプリンス製のエンジンを来る日も来る日も整備した・・・1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
「おいっ!マツエダ!ヘッド持てっ!」 「おいっ!クランク洗えっ!」 「おいっ!バルブ擦れっ!」 冷たいホワイトガソリンに耐え、2本のカムを慎重に取り付け、3連装されたソレックスキャブを懸命に調整した若かりし頃。 「グゥォッ・・・グゥォッ・・・グゥォッ・・・グォオオオオオオーーーーーンッ!」 ツインチョーク、ストレート6の鳥肌の立つような始動音・・・その時にDOHCとは何ぞや?バルブのタイミングとは一体何だ?連装されたキャブの意味とは何たるか?を自ら学んだ。10や110、S30に積まれたS20だと言えば分かるだろうか?・・・それは今でも私の礎、こうして高度な設計で作られたエンジンを触る時、30年以上も前の自分に戻り気を引き締める。開発したメーカーのエンジニアやレース参戦した面々の苦労とは如何ほどのものだったか・・・全く関係のない私だけれど彼らの思いを強く胸に抱いて事に当たる。それが私達整備士の義務なんだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
キャブレター、勿論FCRやTМRを選ぶ方が賢明だ。何かにつけて敏感なCRSを選ぶ意味はやはりその古典的なルックスに他ならない。まぁしかし、それより何もこの燃料コック・・・着けようとするとキャブの頭に当り着かない。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
仕方ないのでアダプターを造る…。出来るだけ外観的にシュッとしたコックを選び、タンクの取り出し口のネジ径双方に合わせた。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
掛かるネジ山の数やワッシャー類の厚みを考慮しつつ出来るだけ上下の高さを低くした。ワッシャーを省略しシーリングに他の方法を取ればもう少し薄く出来たが…まぁ充分だ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
こうしたチューニング済みのエンジンでは燃料通路の内径はおろそかに出来ない。パワーがピークに達しようとする時、更にスロットルを開けると概ね失速する。一般道でもスタンダードの内径8ミリを最低限維持する事が必須だ。取っ払ったフィルターを後付けし、ワンタッチで脱着できるジョイントを組み入れホースの傷みを防ぐ…燃料をふんだんに流れるようにする事は至極大切な事なんだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
そしてエンジンをかけた。 「キュッキュッキュッキュッ・・・・ドゥッオ――――――ン!!!」
やはり各部のベアリングやチェーンにスライダーなど音の出る場所の殆どを交換している故にサウンドも良い。カムチェーンやキャブレーなどの調整を念入りに行い明日からの走行に備えた。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
そして、完成した車体を走らせよう・・・
「カコン・・・ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル・・・」静かに走らせて最初は様子を見る。「ドゥウ――ン・・・」軽く走る振りして充分にトルクを掛け各部を馴染ませる。「ドゥウ――ン・・・ドゥウ―――ン・・・」負荷を掛けつつ馴染ませる。元々のCB750Fは、勾配の強くなる上り坂では非力だ。今回のエンジンはその非力感を打破し、抜けるような加速感を秘め、全ては旋回中のリアタイヤの接地感を得る為に・・・どうだろう・・・本当にそうなるのだろうか?明日の走りが楽しみだ。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
マシンを体でしっかりとホールドしフルブレーキングでコーナーの奥へ突き進む 
「ドゥン・ドゥン・・ドゥ―ン・・・ドゥ――ン・・・・」 
フロントフォークをボトムまで沈め旋回の体勢に移行しよう、サスペンションを深く沈めつつその時を待て!「ドッゥゥゥゥゥゥ・・・」 
インをかすめ出口のラインが読めたならスロットルを合わせレスポンスを探れっ!
「ドッゥゥゥゥゥゥドゥウ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・」 
頭をタンクに押さえつけ上体を海老のように丸め下半身で完全にマシンをホールドするんだっー!
「・・・パァ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・」 
この強大な加速感こそ、メードインジャパンインラインフォーエンジンの真骨頂!
並みの輸入バイクなど寄せ付けない絶対的パワーの世界。それがホンダワールドだっ!・・・

まぁ、パワーの大きさはノ―マルエンジンからすると激変した。トルク感も伸びも申し分なく、これが750ccだったなんてもう忘れた。しかし、肝心の旋回性能については狙ったレベルに届かなかった。元々スイングアームの動きが分かり辛い車体の上にパワーだけが大きくなってバランスを崩している。車高に始まる大幅な車体の変更を行う必要が有るけれど、それはある意味しない方が良いのかも知れない・・・と私は思う。

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告ところで、こうしたホンダを英国車乗りはどう捉えているのか?良く見ていると「バイクはブリティッシュだよ・・・ホンダなんて乗れるかよ!」 と吐き捨てるように言う輩が眼につく。更に「俺様のトラは結構速いんだぜっ・・・フン」とか言いやがる。お笑いだ、冗談も休み休み言ってくれ。日本製の各マシンが本気で走れば我が英国車など「屁」にもならんわ。たった250ccのホンダでもあっという間にぶち抜かれてしまう。違うんだよ。第二次世界大戦の後、世界をリードしてきた我が英国車は1960年代半ばにはもうメードインジャパンについていけない予兆は把握していたんだ。それでも倒産まで何ひとつ基本設計を変えようとしないブリティッシュスピリット・・・そんな時代の変遷を鑑みて、その当時最先端だった栄光のマシンを私達自らが今、走らせる事の意味・・・我がトライアンフも、我がノートンも、我がBSAも、そしてこうしたホンダ達も全てはクラシックモーターサイクルの大切なストーリー・・・相手をリスペクトし崇め価値観を共有し、更にその歴史を楽しむことこそクラシックモーターサイクルの真髄じゃないのかい?・・・果たして皆さんはどう思うだろうか・・・

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告
そして・・・勿論S氏は私の大切な顧客だ。しかし願う事もある。少しそんな話をしたい。
右の写真は20代の私、誰にも言わないが毎週のように鈴鹿サーキットを走り表彰台の頂点を夢見た若きライダーの端くれだった。ヤマハのTZ250に跨り走ってはエンジンをバラシ走っては車体を調整した。来る日も来る日も考え1ミリでも先へ進みたい、1000分の1秒でも前に行きたい・・・工場では得られない緊張感と迅速且つ的確な作業の連続。ノ―ピスからジュニアライダーに昇格し活躍する間もなく怪我でその時を終えた・・・私を成長させてくれたモータースポーツの世界・・・速いマシンとはどういうモノなのか?来る日も来る日も考えた・・・そして今は一般道を走るモーターサイクルを相手にしている。一般人にとって速いマシンとは一体どういうモノなんだ・・・

その上でS氏に伝えよう・・・一般道では間違いなく家路に辿り着く事が絶対だ。明日も仕事の有る社会人、如何なる理由が有ろうとも「事故したので休ませてくれ・・・」なんて話は許されない。もう分かって欲しい。私は我を見失うほどに速度を出して走る為にこのエンジンを組んだ訳じゃない。全ては余裕を持ち安全な走りをする為のモノ・・・景色を楽しみ、幾分のコーナーを走り、その土地の美味いモノを口にし、1日の有り難さを噛み締める事・・・それは正に大人旅。幾ら車体を綺麗に磨いても大人としての振る舞いが出来なければ何の意味もなくなってしまう。一台のバイクを・・・自分の人生を・・・それこそ活かすも殺すもオーナーの心次第なんだと・・・私は思うんだ・・・1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告  
            2016.4.28 布引クラシックス 松枝

1980 HONDA CB750FA オーナー 神戸市兵庫区 西條氏

同じカテゴリー(作業完成報告 その他)の記事画像
1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
1955 BMW R50 神戸市 Y様 車検整備
1989 DUCATI 900SS プチ修理しました。
1972 HONDA CB750K1 新たなオーナーの下へ!兵庫県N様
1986 DUCATI 750F1 修理報告
1971 HONDA CB750K1 整備報告 オーナー 大阪市帝塚山 H様
同じカテゴリー(作業完成報告 その他)の記事
 1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様 (2019-03-16 18:11)
 1955 BMW R50 神戸市 Y様 車検整備 (2018-01-19 17:48)
 1989 DUCATI 900SS プチ修理しました。 (2017-11-02 16:39)
 1972 HONDA CB750K1 新たなオーナーの下へ!兵庫県N様 (2016-12-07 13:30)
 1986 DUCATI 750F1 修理報告 (2015-09-07 14:33)
 1971 HONDA CB750K1 整備報告 オーナー 大阪市帝塚山 H様 (2015-06-12 21:42)

Posted by nunobiki_classics at 17:21 │作業完成報告 その他