2017年04月05日

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
これからの高速化時代を見据え、プリユニットモデルに見切りをつけたトライアンフ社はニューモデルへと舵を切る...時に1963年、エンジンを一体化したいわゆる「ユニット650」の誕生だ。一見順風満帆に見えるその門出とは?更に現代に於いて意味するものとは?・・・皆さんと共に見て行こう…

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
ある日、捜していた1964モデルがあると連絡が入る。モノはそれなりだがこの年式では選んでいる暇はない。市場に出回る台数が極端に少ないアーリーユニット650では先ずは押さえる事が先決だ。

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現地での評価は「Great Condition!」、こちらで言うところの「極上車」だ。それは日本の中古車で言うモノとはニュアンスが違う・・・「まぁそれなり・・・」の意味。本場欧米に於けるクラシックモーターサイクル界の常識だ。

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製造から半世紀、放置される時間も桁違い。フロントフォークのシールホルダー内部を覗く…この絵の意味が分かるだろうか?

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フォークを一旦沈めると上がらないのはそれだけが原因じゃない・・・サイズの合わないブッシュを強引にかち込んである亊にもよる。丁度のサイズに削ってやる。

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只、古いモーターサイクルのサスペンションに現行車の様な精度を求める事はナンセンスだ。車体全体として全く面白味の無いモノになってしまう。精度の低さ、作動性の悪さ…そうしたものが相まってクラシックモーターサイクルの味を醸し出す。

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最早、レストレーションではステンレス製のスポークに替える事が定石となった。けれど出来る事なら当時のモノを後世へと継承したい。赤く輝くステンレスよりも剥げた亜鉛鍍金の強烈な凄みを知るべきだ。

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リムも同様に一旦分解しきれいに点検洗浄する。ここで注意すべき点はみだらに再メッキを掛けない事だ。少しの傷や薄くなった表面に神経質になるよりも、ずっと使われて来たその表情を時代の粋として受け止める事の方が大切な事なんだと知らなきゃ一人前とは言えないよ。

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ミドルに使う年式違いのドラムを元のモノに戻してやる。今回は幸いにも当時モノのドラムが手に入った。それも新品だなんて笑ってしまった。

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私が嬉しいのはベアリングについた当時のグリスだ。「おーっ!50年前のグリスかっ!・・・」一度も路上を走る事なく変質する、当然の事ながら潤滑材としては使えないけれど、運んで来てくれた当時の空気感だけで一日幸せになれたんだ…

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次はエンジンだ。全てを剥ぎ取り内部を確認する。まぁいろいろ有るのは致し方ないが、なんの不具合も無ければ有難いと思うのが本音だ。

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しかし、トライアンフのケースは良く割れる。薄い肉厚だからこうしてクラックが入る。更にこのエンジンの場合、殆どに亀裂に欠損がある。全てのメネジを手直しするなんて、こりぁ大変なんだよ…

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頑固に外れないカバーを取り外すと以前に何処かで直した跡がある。左2本、明後日の方向を向いているスタッドボルトに遭遇した時、皆さんなら一体どうする?…

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このヘリサートの立て方ではこの穴はもう使えない。一旦削り取りアルゴン溶接で肉盛りする。それも出来るだけ外部から修復の跡が見えないように心掛ける…

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そして、エンドミルで面を慎重に削り取り・・・

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慎重に確認した位置に下穴を開けた後、ヘリサート用のタップでネジ切りを行う。何れの場合も直角と強度の確保がポイントだ。

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先の写真と比べて欲しい、スパッと角度が出ているのが分かるだろう。今やどこでもヘリサート加工をやる時代だが、作業者によるレベルの違いが有ると知るべきだ…

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その上で体裁の良さにも配慮する。こうしたボルトナットの類を総じてファスナーと言うが、こうしたモノこそが質の高い整備に配慮すべきモノ。ステンレス製に交換されたエンジンはそりゃぁ輝き美しいだろう。しかし、古い亜鉛鍍金の残るナットで組まれたエンジンを作る事は、本来私が目指すべき道なんだ。

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オイルラインを洗浄しバランスを取る。シェルは慎重に選択しメインベアリングも万全を期す。トラらしくガツーンと廻ればそれでいい?・・・そんな低次元な話しとはさよならだ。ユニット650としては古典的な廻り方をするこの時代のクランクがアーリーユニット650の粋なんだ。

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インレット、エキゾースト、双方のカムにタペットも完璧に仕上げる。互いの接触面は美しく輝き、これからの長き使用に絶対的な安心感を与える。ここはこうしたエンジンの肝に当たる場所。エンジンの寿命にも大きな影響を与える大切な部分だと言っておく。

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トラのヘッド廻りは弱くヘタリが早い。四つのガイドを交換しシートカットを施す。バルブステムとの擦れ具合も強過ぎず軽過ぎず丁度の塩梅に持っていく。更にシートの当たり幅にもきちっとさじ加減を決める。

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ピストンは新しく、各クリアランスも私なりのさじ加減だ。この辺りの値を軽く見てはいけない。二つしかないロングストロークエンジンではその違いがてき面に出るから尚更のこと自分の値を持つべきだ。

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重い鋳鉄製のシリンダーに銅製のヘッドガスケット・・・性能よりも絵柄を重視する事もある。それは絶対に外せない英国車の粋だからだ。

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この時代のシフト操作とはトライアンフを語る上で特徴的で、その意味を知るべきだ。「必ず理解して走るべし!頭を使って走るべし!」それがトラ使いへの第一歩だ。

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キャブレターは、1964から389となる。このモノブロックキャブは1964年製造当時のモノだ。それはそれは調子が悪かった。黒煙を吹きスパークプラグは黒くエンジンの始動も困難、アンチモン製のボディーは当然の如く既に寿命が過ぎている。「クッソー意地でも直してやるっ!」こうなったら根性論だ。

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そして、快調になったキャブのフロートチャンパーに着く3個のスクリューは当時レーシングとしてオプション設定されたモノ。で、このワイヤーロックを見て欲しい。現代では2本を撚線にしてクルクル巻いて使う。けれど私はここをわざわざシングルで巻いている・・・なぜか?そう、これが時代の風情。この頼りない景色こそモノブロックの粋なんだ。(因みにこのベロシティスタックはオーナーからのリクエストだ。)

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
ここで1964の特徴的な箇所を解説しよう。これはリアのブレーキのロッド廻り。これがリアのショックアブソーバーの外を通るのは1963と1964だけのモノ。後のモデルはずっと内側を通るけど、それでもこれが格好良いと言い切って欲しいんだな。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
この一番下のステイは先代から続くスタンドの機能を兼ねるもの。要するにダートを走る時代だからパンクが多い。すると中央のナットを緩めるとこのステイがタイヤを浮かせるスタンドに早変わり。これも1964で最後となる。こうした事も知っておくと楽しくなる。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
これはご存知スミス社製の通称グレイフェイス。今までクロノで見辛いものが「ズーーンッ!・・・」と連続的な動きになり評判は上々。ユニット650での元年が1964年だと知っておこう。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
1964ではこのシンプルでスリムなスロットルラバーが正式だ。そして、そのスロットルホルダーはアマル社製で開度は90度となる。これが運転操作を難しくしている。緩慢なモノブロックキャブレターを微調整しながら走らせるのには90度は狭すぎる。「スロットル操作が大切なんだよっ!」とウダウダ言う私の真意がここにあるんだ。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
なんだかんだと時間を要し1964ボンネヴィルは完成した。電装系統を含め多くの作業を経て完成した。程度の良いモノが極端に少ないグリルドバッヂモデルに簡単に手を出すな。下手なプリユニットモデルよりも資金が必要なんだと皆さんには言っておきたい。そして各部を点検し明日はいよいよ試運転だ。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
新規検査に登録を済ませ試運転に出掛けた。しっかりと暖機運転をおこない慎重かつ大胆に走らせる。 「ズバッバッバッバッバッ・・・チヤッ・・・ズバッバッバッバッバッ・・・」 

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
走りながら考えるが・・・今回の仕事は私として全く釈然としていない・・・そもそも私は金儲けだけの為に仕事をしている訳じゃない。一度しかない自分の人生の大半を占める仕事に於いて誠心誠意努力する事を目的としている。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
ある意味専門性の高い英国車の世界では暗黙の「ルール」がある・・・作り手は顧客の事を鑑み親切丁寧に高いレベルの仕事をやる・・・客は古い機械に歩み寄ると共に高い技術を持つ者を敬い感謝の念を持って事に当たる・・・その上でお互いをリスペクトし強い関係を築き上げて行く・・・これが英国車の世界だ。

1964 TRIUMPH T120 BONNEVILLE レストア作業報告
しかし、言わせてもらうが最近の客の質のなんと低い事か・・・(同業者なら同感する者が多いだろう) 現行車の如く「当たり前感」が甚だしく、感謝の念など微塵もない。インジェクションモデルの如く365日快調である事が当たり前だと思っている・・・何が有ったか明言は避けるが、物事に感謝する気持ちの無い者は如何なる客であっても絶対に仕事は受けない。それだけは言っておく・・・    2017/4/5 布引クラシックス 松枝

試運転の詳細
一般道走行距離・・・・・・316.1km
高速道路走行距離・・・・・20.9km
総走行距離数・・・・・・・・337.0km
使用ガソリン量・・・・・・・・・11.8L
燃費・・・・・・・・・・・・・・・・・・28.5km/L





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この記事へのコメント
鈴木さん、御覧頂きありがとうございます。べベルを所有との事ですか。私も以前所有していましたがデザインは素晴らしいモノがありますね。良いモーターサイクルです。気難しいところもまたオールドドゥカティの魅力でしょうか...是非大切になさってください。布引クラシックス松枝
Posted by nunobiki_classicsnunobiki_classics at 2017年04月16日 22:55
いつも興味深く拝見しています。

ケースのメネジの損傷や曲がったヘリサートの後処理など、
本当のプロの作業を垣間見る思いです。
こういう作業を本当に丁寧にできる場所は、少ないと思います。

私はべベルを4年ほど乗っていますが、英車は布引クラシックスさんが
あるので良いなぁと考えてしまいます…
でも拘り方とか考え方は、いろいろ参考にさせていただいています。
Posted by 鈴木 at 2017年04月16日 14:35