2012年04月11日

1955 BMW R50 機関整備

1955 BMW R50 機関整備
今回は、少し毛色の違うドイツ製の粋なモデルを紹介しようと思う。
これは1955年製の BMW R50 味のある初期のモデルのクランクケースだ。
向かって左が前方で、右側にはフライホイールとクラッチ、そしてギアボックスがつく。
ケースは一体式で外に無骨なボルトやナットが殆ど見えないように設計されいる。
シリンダー用の丸い穴の上にある二個の穴は、OHVの長いプッシュロッド用のチューブのもの。
カムシャフトはその穴の奥に位置する。
更にその右の丸い穴2個はオイルレベルのゲージとクランク角の確認用の窓だ。
また、このケース自体、サイドメンバーとしての役割も担っていて、車体の剛性に寄与している。
そして、お分かりのようにこのレイアウトはFRの四輪車と全く同じだ・・・
1955 BMW R50 機関整備
その中に入るクランクシャフトがこれだ。
水平対向の空冷2気筒の排気量が493ccとなる。
ボアストロークは68×68ミリのスクエア、圧縮比は低く6.8対1.
馬力は26馬力を5800回転で出す。
クランクピンは180度位相され、爆発間隔は360度。
なので、フラットツインエンジンとはいっても当然振動は出る。
しかしながら、極力過大なストレスを与えないように随分とコンパクトになっているのがいい。
片手で簡単に持てる。
トラブルの発生源をミニマムにする思想が航空機メーカーBMW社の原点だ。
1955 BMW R50 機関整備
エンジンを前からみた。セスナ機のエンジンに流線型のカバーを奢ったような美しいスタイル。
流体力学のごとく洗練され、低重心での高い操縦性が一目で分かる。
そして、エンジンを包み込むフレームの剛性は明らかに高い。
各パイプも英国車よりも太く、ドーンと構えた丈夫さが心強い。
我ら英国車党には残念だが、どう見たってこっちが良いに決まってる・・・。
1955 BMW R50 機関整備
フィンの短い鋳鉄製のシリンダーだか、その位置から冷却性能は良い。
旧態依然としているピストンは、英国車よりも重いが剛性は高い。
それは中子の補強によるものだが、多くの英国車よりもそのクラアランスは狭く設定でき有利だ。
圧縮比は低く6.8:1と、瞬発力に依存しない理念が読み取れる。
長時間、長距離の移動において耐久性の維持をどうするのか、航空機メーカーならではの奥の深さが唸らせる。
1955 BMW R50 機関整備
仕上げの済んだシリンダーヘッドとバルブ関係だ。いつもの如く神経を使い仕上げる。
ここの構造は時代や設計者に関わらず、殆ど変わらない普遍的なシステムと言える。
やたら省エネルギーとか言われる現代でも可変バルブだなんだと出てはくるが、基本的な構造に違いは無い。
だが、金属やゴムの素材の進化は著しい。
現在も入手の可能な部品達もその当時の製造方法や素材を踏襲する。
特にスプリングの類では今の常識はあてはまらない。
よって、良く調べた上で早めの交換が賢明だ。
1955 BMW R50 機関整備
完成した右のシリンダーヘッド。
クロームメッキされたチューブの中を長いプッシュロッドが入る。
そしてロッカーアームがバルブステムのトップを押し下げ燃焼室の蓋が開く。
もちろんOHVエンジンなので、ここにカムシャフトはない。
排気は前方から、吸気は後方からそれぞれ行う。
おもしろいのは、左右のシリンダーの潤滑方法に違いがあることだ。
前方から見て左側では、クランクシャフトによる攪拌にその多くを頼っている。いわゆるウエットサンプだ。
対して右側のシリンダーにはその攪拌されたオイルが届きにくい。
よってオイルポンプでもってオイルの供給を受ける強制潤滑式となっている。
180度反対側の相当遠い場所に位置する構造への対応だ。
そんな左右非対称のスタイルを持つエンジンに於いて、使用を続けた左右のピストンの状態が結構違う場合が多い。
それは、多量のオイルがかかる左側のピストンの方に傷が多く、オイルから遠い右側のピストンの状態は殆ど無傷だ。
皆さんなら、その理由が簡単に分かるはずだ・・・
1955 BMW R50 機関整備
エンジンを後方から見てみると丸く大きなフライホイールが中央にある。
これにクラッチのプレッシャーカバーが装着され、単板のクラッチを挟み込む。
四輪車のメカニックの方なら、お馴染みの光景だ(いや最近はATなのかな?)。
右下にはピストンが顔を覗かせている。
今のものより、各リングも厚みがあって無骨な感じだ。
抵抗も大きく重さもあるし馴染みも遅い。
だけれど、それを言うのはタブーだ。
それは現代の常識から見ての話であって、その当時においてどんなものよりも最先端のものなのだ。
そんな時代を噛みしめながら走らせて頂くと、また楽しくなってくる・・・
1955 BMW R50 機関整備
これはが組み込み前のフライホイール本体だ。
クランクシャフトの後端に、このボルトで締結する。
これは、このR50を象徴する部品で・・・重くそしてゴツイ。
正直1600ccクラスの乗用車にでもそのまま使える。
下に覗くクランクシャフトとコンロッドと比較すればその大きさが分かると思う。
何もそこまで大きくしなくても・・・
たった500ccのモーターサイクルでは廻すだけでも大変な力が必要だ。
何故なんだろう?・・・
皆さんも、どうぞこのフライホイールの存在感を憶えておいて欲しい。
R50がどういうモーターサイクルなのか、その答えがここにある・・・
1955 BMW R50 機関整備
あの巨大なフライホイールとエンジンからの出力を一手に受けているのがここにある後ろ側のメインベアリングだ。
考えて欲しい。あの大きな質量が何千回転もの高速で廻る。
嫌か上にもこいつの受け持つ仕事は大きくなる。
乾燥重量約200キロにいろいろな装備と人員の重さ、そしてサイドカーがついた日にゃ大変な事になる。
BMWのエンジンのなかでもキーポイントとなる場所で、私が最も気に掛けるところだ。
元々はシンプルなボールベアリングが入り、分解してみると殆どのものの摩耗が進んでいる。
そうした事は設計者には理解されていて、ウエットサンプのR50でもメインベアリングにはポンプによる圧送でもって強制的に潤滑している。
だからこそ激しく壊れずに機能していると言ってもいい。
こんなところにも、航空機メーカーとしての安全性の確保がされていてさすがだと思う。
そして、クランクシャフトを取り出したならば、標準のボールベアリングに換えてアンギュラタイプのローラーベアリングを奢ってやろう。
多方向の力に対応し、かつ接触面積が格段に広くなるこのタイプのベアリングには話にならないほどの性能が秘められている。
大海原で漂う救命ボートが何万トンもの巨大タンカーに助けてもらった・・・・
それ位の安心感となる・・・(ちょっと言い過ぎたか・・・)
いずれにしても、今後の使用に於いて絶大なる耐久性をもたらしてくれる事は間違いない。
1955 BMW R50 機関整備
クラッチ一式を取り付けてみた。
左右のシリンダー関係も組み上がり、それらしくなってきた。
こうしてみると何だか実物大のラジコン飛行機のエンジンに見えてくるのは私だけだろうか?
丸い造形の全体像も、水平対向のエンジンレイアウトも、このおおきなフライホイールとクラッチも明確な設計思考が示されている。
似たようなエンジンしかない現代のレベルから言うと更に魅力は増す・・・
1955 BMW R50 機関整備
ギアボックス後ろから見たところだ。
4スピードギアで、そのギア比は極標準的に分けられていて使い勝手は良い。
右下がいわゆるカウンターシャフト、その右上がメインシャフトで出力のアウトプットとなる。
そして、中央の軸はプライマリーシャフトといい、中に大きめのコイルスプリングが入る。
サイドカーなどにも対応すべく、大きな力の増減によるショックをここで逃がしている。
左下の部分が、ラチェット式のシフト機構一式で、正確に動きそのタッチも良い。
そのシフト機構とギアをつなぐシフトフォークを見てほしい。
単に機能を果たせばよいものをこんなに美しいアールを描いている。
1950年代のクラシックモーターサイクルならではの造形に感銘する。
1955 BMW R50 機関整備
旧年式のBMWを扱うメカの方なら、これが何を意味するものか直ぐにお分かりのはずだ。
先のアウトプットシャフトの末端で、ここにドライブシャフトのユニバーサルジョイントが直接つく。
ここはこの形式をとるBMWの最も厄介な部分。正に鬼門だ。
サービスマニュアルの通りやっていたんではトラブる。
加えて1950年代から走っているんだからその状態にも個体差が大きく、正常でない場合が殆どだ。
元々不完全な設計と言わざるを得ないものにどう対処するのか・・・
豊富な知識と経験でもって、しっかりと確実な作業を施す。
ここに求められるものは、この一言に尽きる・・・
1955 BMW R50 機関整備
右側からギアボックス-ドライブシャフト-ファイナルドライブギアの順につながる。
ドライブシャフトの黒いケースはスチール製でスイングアームがそれを兼ねる。
中には細いシャフトとその末端にユニバーサルジョイントが前後の2ヶ所ある。
この世の中にFF式の四輪車が出始めたのが1980年代頃。
その普及と共に出てきた等速ジョイントだなんて思ってはいる人はいないよね?
そして、スイングアームの軸受け部が見えるだろうか?
ここの受けにはテーパーローラーベアリンクが使われる。
当時のBMWの各車には他にもホイールやアールズフォークのジョイント部など結構多くつかわれる。
その強度と正確な動きは素晴らしく、高性能さの維持に貢献度大なのは言うまでもない。
剛性感溢れる構成で恰好が良く、正に「質実剛健」この言葉があてはまる・・・
1955 BMW R50 機関整備
これはファイナルのスパイラルベベルギアだ。
なかなかの容量で重い車体やサイドカーにも対応する。
そのサイドカーとスタンダード車とはギア比が違い、サイドカーの方がギア比が高くなる。
今の小型乗用車のデファレンシャルギアとしても遜色のないものだ。
支えるニードルとローラーベアリング達も充分な強度をもつ。
特にスタンダード車では、オイル及びシール類の管理さえ確実な行っていればそうそう痛むものではない。
触るメカには有り難いほどの頼もしい設計と言える。
1955 BMW R50 機関整備
ピニオンギアも力強い風体が頼もしい。
中央のベアリンクは複列式となっていて強い力をしっかりと受ける。
只、この辺りのギアやベアリングを取り外すのは意外に手間がかかる。
なので、その耐久性の高さをいいことに、あまり分解整備されずに後回しになっていることが多い。
問題ないかな?と目をそむけずに、やはりしっかりと異常がないか見てほしい。
バックラッシュの取り方にも具合があって、素人さんではなかなか難しい。
異音やオイルに異常がでたら、お近くの経験豊富なメカの方に相談されるのが良い思う。
1955 BMW R50 機関整備
この車体の塗装では、タンクを含め全てがオリジナルのまま残っている。
手書きのラインも健在。ヒビや傷は有るもののかえって風情として使いたい。
是非これからも大切に残して欲しいと願っている・・・

さて、例の如く試運転に出掛ける。
目的地は兵庫県の西の端、播州は赤穂岬。
地元では「七曲り」と言ってリアス式の海岸線に沿って素晴らしい道が続くところだ。

先ず、エンジンを掛ける。ティクラーを押しフロートレベルを上げる。
ミニチュアなチェーン式のスロットルホルダーに手を掛ける。
直角の方向につくスターターペダルに足を掛け始動する。
重さはそうでもないが姿勢が不慣れな分少しやり辛さもあるが、直ぐに慣れる。
思い切って膝を高く上げ、踏み下ろす。同時にスロットルを合わせれば素直にかかる。
そのサウンドは如何にもフラットツインだ。
「ズルルルル―ン・・・ズルルルル―ン・・・・・・ズルズルズルズル」
音量は長いサイレンサーで消音されいたって紳士的で好感が持てる。
数分間暖気運転をして全体をなじませる。
四輪車の如く単板式のドライクラッチは切れが良い。
その受けであるフライホイールの振れについては特に入念に仕上げている。
前にも書いたが、この場合フラットツインだからと言って振動が少ないと言うのは誤解だ。
爆発間隔から言ってそこそこの振動が出る。
だから、存在感の巨大なこいつに大きな振れがあると異常な振動や、しいては走る感覚にまで影響が出てしまう。
無神経に只ボルトを締めてしまう事が許される場合とそうでない場合の、その後者となる。
1955 BMW R50 機関整備
そのクラッチをつなぎ走りだす。
ローギアは高いギア比でもって力強く発進する反面直ぐに吹けきる。
思った以上に前に進まない・・・重い感覚・・・?
だが、それに負けじと奮闘してはいけない。
交通の流れをリードすることなど、今は忘れて欲しい。
フライホイールの回転の上昇に合わせて適切なスロットル開度を心がけよう。
R50の実力発揮の時間帯はここではなくずっと後だ。
多少のタイムラグはあるものの、徐々にその力が増してくるのが分かるはずだ。
セカンド、サードと同じようにスロッル開度に気を配る。
ガソリンを過度に供給するのではなく、少なめの混合気を完全燃焼させてやる。
常にクリーンな燃焼を心がける事。それが正しい。
すると段々と車体に慣性力がついてくる。
「ズズズズズズズズズズズズズズズズ・・・・」
最初はもたついていた発進から、サードギアに入る頃には驚くほどに力がついてくる。
スロットルを戻してみる。「ズウーーーン」重いフライホイールに押される。
さあ、もう大丈夫だ!ここからはこの力を維持して走ってみよう!
エンジンの爆発力で走るのではない。
あくまでこのフライホイールの慣性力を最大限に利用して走らせる。
これがR50の正しい使い方だ!

前後18インチの旋回性の高さはこのR50の密かなお楽しみだ。
重い車重に平均的なブレーキ容量では高い制動能力はあるはずもない。
フライホイールの抵抗力を上手く使って減速の原動力とする。
車体全体でコーナーに飛び込むと、まるで羽根の生えた航空機の如く曲がりだす。
おやじギャグではない。本当に飛行機のように右に左に旋回してくれる・・・
これは例の剛性の高いフレームがあってこそ、可能な事だ。
重い力をしっかりと受け止めて、各部の動きをサポートする。
テーパーローラーベアリングで構成された作動性の高い各軸受けはこの為のものだ。
そして、右にに傾けてスロットルを大きく開ければ車体が起きる。
左に傾ければその逆だ。これもフラットツインの醍醐味でもある。
更に、エンジンやギアボックスにフレームレイアウトなど重いモノを極力下方に位置させている。
この極端に低い重心位置が高い安定性や旋回性の元となっていることにも目を向けて頂きたい・・・
1955 BMW R50 機関整備
行程は、阪神高速麻耶ICから第二神明道路、加古川、姫路の両バイパスを通り国道250号線で赤穂岬に着く。
帰路では、そこから山中に駆け上がり西脇市、吉川町を通り六甲山の裏から神戸市中央区の店まで戻る。
高速道では、80~90キロ位が快適帯、一般道でも50~80キロ程度で走り抜ける。
エンジンやキャブレター、車体その他の不安もなく、その耐久性も高く絶大な安心感につながる。
このR50。英国車とは全く違うものだ。
エンジン、車体、サスペンション、電装系などなど全く人種が違うと言ってもいい。
オフロードでも走ろうものなら、タイヤがどこへ行ってしまうか分からないような英国車とは雲泥の差だ!?
だが、1950年代のモノを所有する喜び。これは共通している。
触って磨いて眺めているだけでも楽しめる。
乗って走れば全然走り切ってしまう・・・・
R50を一言で言うならば、鑑賞する喜びと、高い実用性を合わせ持つ高い完成度。
航空機メーカーならではの技術力の高さ。
それが、クラシックBMWの最大の魅力ではないだろうか・・・

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Posted by nunobiki_classics at 17:19 │作業完成報告 その他