2013年08月20日

1971ノートンコマンド P.R.R. 続編

NORTON COMMANDO PRODUCTION RACER REPLICA
英国車のみならず古いモーターサイクル乗りがやってはいけない事。それは交通事故。
高価で貴重なパーツで固められたクラシックカーでは、理由の如何に関わらず絶対に起こしてはならない言わばこの世界の常識だ。ましてやフレームを激しく曲げる全損事故などもってのほか。
 「保険修理だから簡単に直るさ・・・相手が悪いんだから修理させれば良いんだよ・・・」だと?
ふざけるんじゃない!全てのパーツが揃うとでも思っているのかい?何十年も前の車体、高額な修理代が全額出るとでも思っているのかい? 半世紀前の英国車をこうして美しく蘇らせる為には、修理屋の強烈なやる気がなければ不可能な事なんだと、肝に銘じてもらおうじゃないか!
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完成した事故車両。こうして見れば何のことはない。現行車での事故でなら、直って当たり前の事ではある。しかし、メーカーすら倒産した古い車体を所有する者にとって、万が一自分自身が事故を起こしたとしたら一体どうなってしまうのか?皆さんにも自分の事だと置き換えて読んで頂くとする・・・・・

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おおよそ1年前にクランクシャフトからフレームに至るまで完全に修理作業を施したコマンドのプロダクションレーサーレプリカ。残念なことに、無残な姿になって私の下に帰って来た。(修理の状況はコチラ
写真をよく見て欲しい。油圧ジャッキで伸ばしたもののエンジンに強烈に喰い込んでいたフロント部分、まるでエビのように湾曲した後ろ側。この世界に詳しい者ほどその曲りのひどさに驚くはずだ。
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ましてや今回は保険修理ときた。そもそも保険修理とは、修理代金と車体の査定額とを照らし合わせ金額の低い方が支払われる。今回のケースなら、査定の代金として1万円札が数10枚パラパラと渡されてハイお仕舞い・・・・同じ車両への買い替えは勿論の事、修理すら出来ない額が堂々と示される。クラシックカーでの事故とは百害あって一利なし、どんなに正当性があったとしても大損をするものなんだ。
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思えば数年前、ボロボロのコマンドに乗って岡山から神戸まで自走してやって来た。エンジンから車体から電装まで何ひとつまともになっていない。「よくもこんなもので岡山から走ってきたもんだ」さすがの私も驚いた。それでもこの愛車を大切にしている彼の願いとは「ちゃんと走れるようにしてもらえませんか!」
その気持ちが分かったから、私も精一杯の仕事を施し納車をした。

しかし残念ながら、そうした過去の多額の修理代など保険事故の査定には全く加味されない。
例え100万円掛けて機関を修理したところで1円の査定額の増にもならないもの。
よって、理由がどうであれ自分で起こした事故だから、このまま諦めてもらうのが順当だ。
「これだけ出ただけでもラッキーだよ。適当なバイクにでも乗り替えたら?」
冷たいけれど、それが世の中ってものなんだ・・・
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・・・・・しかし、彼は遠い岡山から神戸まで自走してオイル交換に来てくれている。
大切な愛車を私に任せてくれているこの事実を一体どう解釈する?
「大切な顧客を守ること。それが己の仕事じゃないのか?何のための布引クラシックスなんだ?」
考えた末に「何が何でも、もう一度ハンドルを握らせてやるわっ!」・・・と、その時誓ったんだ。
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お金に関することはそれこそプライベートな事なのでズトーンと省略し、約束通りに現状復帰への資金を確保した。そこいらの連中には成し得ない事をやり遂げた後は気分も爽快だ。
「これでスクラップにしなくて済んだ・・・」清々しい気持ちを持って高価なノーヴィルパーツを心おきなくオーダーした。
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その中にはもちろんこのフレームがある。今回は未塗装のものを輸入して自分の手でフレームの塗装作業を行う。最近は英国から供給されるパーツに於いてもパウダーコーティングが主流になってきた。しかし、こってりした質感はクラシックカーには似合わない。ぐっと締まりの良い塗装があっての英国車。そのために自分で塗るって訳なんだ。
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事故にしてはそれ程曲っていないと見えるこのフロントフォーク、車体から抜き取る為に油圧ジャッキで曲げを強引に伸ばしてこの状態。こんなに曲がるのか?と言えるほど曲っていた。
現行車の事故であれば、どこかにダメージが集中して助かる部分もあってしかるべき。しかし、この事故ではすべてが曲りに曲っている。ホイール、ブレーキ、サスペンション、フレームに外装全て、何から何まで使えない。クロモリ鋼などハイテンションな軽くて強度の高い現行車のフレームじゃないんだ。見かけは強く見えてもいとも簡単に損傷してしまう。クラシックカーの世界で事故を起こしてはならない理由がここにある。
          「これだけ曲げちゃ話にならんぞ!」
大変さを通り越し、半ば怒りを持って作業に当たる。「ふざけるんじゃないよ!冗談じゃないよ!」結局このフレーズはこの車体が完成するまでずっと続いたんだ・・・
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当然の事、激しく曲ったホイールも新調する。中央のノーヴィルパーツである6ホールズのハブ、バランスドリム、ステンレス製のスポークもプロダクションレーサーの必須の部品達。これなくして語れない美しい部品達なんだ。このノーヴィル製のハブは本来ブレーキディスクを両面に取り付ける事を前提に造られている。スタンダードのハブも美しいけれど、このノーヴィル製のハブは更に美しい。
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事故を起こしたステアリングは簡単には抜けない。油圧のプレスでも抜けない、アセチレンガスで炙っても抜けない。最後は気合いで抜き取った。こうしたステアリングも全て新しいものとするしか無い。しかし、こうした部品は今でも入手は可能だが高価である事を忘れてはいけない。更に単純に交換すれば良いものでもなく、古い個の部品達を大切にずっと使い続けること。それはクラシックカー共通のコンセプトなんだ・・・
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組んだ各部の部品を車体に仮付けして見た。この前のステアリング装置は今更言わなくてもモーターサイクルの肝。もっとも大切な部分だ。フロントフォークも慎重に組付けた。ノーヴィルパーツも入るこのフォークは私のノウハウを注入する。ブレーキはこの車体の華だ。1970年代初頭に実用化されて直ぐにこのレベルのものを簡単に生み出す欧米の底力。これ程美しいブレーキシステムが他にあるだろうか?
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後のホイールも同様に仮付けして位置を確認する。当然ながらアイソラスティックシステムのラバーやスイングアームの軸受も文句のない状態に仕上げている。クラシックカーの世界ではそれこそ終焉の時期にあえぎながらも誕生したコマンドのフレーム。古典的でもなく、現行車のような完成の域にも達していない。時代の狭間で精一杯に生き残ろうとしたその残像が私には微笑ましく思えるんだ・・・・
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勿論のことホイールの振れを取り、タイヤを組んでバランスをとる。この時代のプロダクションレーサーにはこのダンロップのタイヤが欠かせない。今は旧車用のタイヤとか言うだけで誰も見向きもしないけれど、発売当初の衝撃ったらなかった。
          「タイヤが三角形だよ、すっげ―っ!」
当時の我々の間では夢のタイヤを手に入れたかの如く興奮したものだった。今見ると必ず思い出すその光景、楽しくもあり寂しくもある哀愁漂う思い出のタイヤ。中高年の方の中にもそう感じている人は多いはずだ。
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完成した車体に、機関を載せてみた。これでぐっとプロダクションレーサーらしくなる。クリップオンのハンドルに、バランスドリムとダンロップの入ったホイール。俄然良い景色になってきた・・・私もダンロップ製のスチールのリムが好みで当時の英国車のデザインを支えている。しかし、プロダクションレーサーにはこのアロイ製のバランスドリムが必須だ。当時の乗用車よりも高価だったこのマシン。今では珍重されるダンロップ製スチールリムだが、このアロイ製のリムの希少性の方が遥かに高かったものなんだと理解されよう。
こうして見ると、当たり前の姿に戻った車体は美しい。
          「やっぱり、こうでなくっちゃいけないよ.....」
激しい衝撃で、異常な形に曲がりくねった彼の車体を思い出しながら、ひとりでつぶやいてみた。
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オイルタンクの加工を含めて、バッテリートレイや各種のブラケット類も塗装をする。オイルやガソリンや砂やほこり、とにかく英国車の汚れは甚だしい。こうした時にまとめてきっちりとペイントしておく。それも大切なことだ。
この車体は元々私が作ったのではなく、その昔どこかで製作されたもの。しかし、その仕事のレベルが低過ぎる。何を取り外してもムカついてくる。このオイルタンクも酷かった。まるで中学生レベルの仕事に閉口する。この機会に中を切開してまでやり直す。こうして3.5ガロンタンクとシートに対応させる。せっかくやるなら、まともな仕事をする。それが作り手の基本だ。
この後、エンジン等の機関は勿論の事、電装系の作業へと進み、外装以外の作業を終えた。
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新しいペトロールタンクの位置合わせをする。本来このプロダクションレーサーでは樹脂製のもが標準だ。同じような3.5ガロンタンクでも樹脂製とアロイ製では形状にかなりの違いがある。私の所有するものもGRP製でノートンビリャーズ社製のキャップがつくオリジナル品。私個人的には断然オリジナル品とみているが、現実にはこうしたアロイ製のものに人気がある。一般の顧客には、オリジナルで有ろうが無かろうが、銀色に輝くモノしか眼中にないようだ・・・
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そして、シートの位置合わせをする。一台一台寸法の違う当時の車両では、付属する部品でそのまま着くなんて事は有り得ない。殆どの場合、ブラケットを始めとする各種の金具を自作して最適な位置を探っていく。今流行りのカスタムバイクの世界でも全てが手作りの世界となる。しかし、こうしたオリジナルの世界でも、いざ蓋を開ければやってることは全く同じ。板を切断し削り溶接し塗装をし一品ものを作り続ける。だからこそ、良いモノを作ろうとすると時間も手間も膨大に掛かる。
「スタンダードなんて簡単じゃねーか!」それはモノを知らない者が言う言葉なんだ。
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前のフェアリングの位置合わせに入る。一見簡単なように見えるこの作業だが、外装では最も手間のかかるものとなる。ご存知のように低いクリップオンハンドルの周りにはこのフェアリングが幅を利かせてその位置を強制する。サーキット用の狭いハンドルの切れ角では公道は走れないから、その作業も多岐にわたる。安全性に関するものが集中する辺りだからこそ、最高レベルの緊張感を持って作業に当たる。
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そうして、塗装の作業に入った。塗装作業での下地処理には手を抜けない。どんなに塗るのが上手でも、下地が出来ていなければ全てが水の泡。納得行くまで処理をした後、最初に下塗りをした。パテの類の後に繊細な凹凸の処理と密着性を上げるためだ。一見マットな状態で緊張感はない。しかし、そこが落とし穴。鋭い目線で表面をなめるように確認し、必要が有れば再度処理をする。こうしたアルミニュームやステンレスなどにはこの下に別の下塗りを施し密着性を上げる。これも大切なことだ。
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ペトロールタンクの中塗りをする。一般的にはプロダクションレーサーの定番的な色としてキャナリ―イエローが挙げられる。しかし、レーサーを購入してゲルコートのまま使う者がいるだろうか?きちんとペイントして使用する。それは今も昔も変わらない。
更にデカールの類は、当時では上塗りの後に貼るのが一般的。中塗り後に貼るのは最近のはなしだ。しかし、これはどちらが良いとは言い難い。耐候性やガソリンの事を考えるなら中に貼り、当時の雰囲気を敢えて楽しむなら最後に張れば良い。自身の考え方で良いと思う。但し、中には貼れないデカールもあるので注意が必要だ。
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そして、オーナーの今回の色指定は、マットブラック・・・・正直反対したがやると押し通された。顧客の色の好みに注釈をいれた事は無いけれど、イマイチのり気になれなかった。しかし、カラーでエンジンの調子が崩れることは無い。顧客の主張が100%許されるカラーリングこそ、本当の顧客の楽しみだ。そう思うからこそ逆に「夢を叶えてやらなきゃ・・・」複雑な心境をもってガンを振った。
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完成した彼の愛車がこれだ。このマットブラックに他の連中はどう反応するのか幾分興味があった。大半が否定的なのかな?と思っていたら 「めっちゃカッコイイじゃないですか!」・・・「これ、良いですよねー!」みんな口をそろえて言っている。何となく釈然としないモノがありつつ、とりあえずオーナーの夢を形に出来たのかなと思ったりする・・・・
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こうして完成した今回の全損した事故車。稀に見る幸運だと言える。どんな事故でもこうして多額の保険金が支払われるなどと思ったら大間違いだ。先にも言ったが本来は数十万円出れば御の字だ。こんなに好き勝手に高価なパーツを注文し、行き着くところまで作業を追及することなど皆さんの事故修理では100%有り得ない。保険会社にクラシックカーの裏事情など関係の無い話であるとともに、ここまで本気になって保険会社と戦う修理屋など居ないからだ。ともかく皆さんには口を酸っぱくして言う。
             「クラシックカーで交通事故を絶対に起こすんじゃない!」
長年連れ添った大切な愛車を見放す気になれるならそれでいい。けれど誰にでも愛情を注いで来た大切な逸台なはずだ。どうか楽しく走る時にも低い制動力を考慮して絶対に事故に遭わない走りを習得して欲しい。自己防衛こそがクラシックカー乗りの基本なんだ。「相手が悪いから」とか「俺は只走ってただけさ」なんて言ったところで全く意味のない事だ。過失が全く無かったとしても被害を被るのは己自身だと心に叩きこんで欲しい。楽しいはずの英国車ライフ、一瞬にして地獄と化する。次は自分の番だと知らないのは、これを読んでいる君達だけだ!
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管轄の陸運局に運び込み構造変更検査を受ける。これで再度公的に日本の道を走れる車両となる。
思えば、最初に引き取ってから随分と月日が流れた。オーナーにとってはとてつもなく長く辛い日々だったと思う。しかし、私は全くそうは思わない。如何なる理由があろうとも事故を起こしたのは彼自身だ。
自分の命はもとより人を傷つける可能性もあったはず。それくらいの反省をしてしかるべきだ。
今後の彼が、只一方的に事故に巻き込まれたんだと勝手な被害者意識のみで終わるなら、必ず同じことを繰り返す。もしも次に同じような事故を起こしたなら、今度こそ誰も手を差し伸べてくれないんだよと、胸に刻んで走ってもらいたい・・・・
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                  布引クラシックス 松枝

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Posted by nunobiki_classics at 19:40 │作業完成報告 ノートン編