2016年12月07日

1972 HONDA CB750K1 新たなオーナーの下へ!


私が2015年にレストアしたホンダのCB750K1。この度新たなオーナーが決まり、新しい人生が始まる事になりました。


以前のレストア作業で基本的な状態はすこぶる良く、今回はその点検と調整を中心とした作業を行いました。以前のレストア作業はコチラ、ツーリングの報告はコチラ


とは言えプチ分解修理。今や大型バイクでは旧式このスタータークラッチ、ローラーにスプリングにピンをセットで交換。グッと喰い付く感じが増して信頼性が上がりましたよ。


やはり古いモーターサイクルのネックは電装系。それぞれの発電状態を確認し、更にバッテリーを交換致しました。


ホンダCB750K1・・・改めて走らせるとこれが感動的なんです。インライン4エンジンとは思えない暴力的なサウンド!丁度よい辺りのバイブレーション!いやー!正直めちゃイイです!


セカンド・・・サード・・・フォース・・・トップギアとグングンと加速し目の横から涙がツ―ッと流れて行く・・・誰しも若かりし頃経験済ですね。で、「グッオォォォ―――ン・・グッオォォォ―――ン・・」て、この荒々しい感覚は今の750には無いんですよ。


コーナーは至福の時。長いクランクシャフトの存在感を眼下に幅の広いハンドルを持つ手に余裕を持たせスパッと車体を倒せば「スッコ―ン!」と角度が決まる。後はフットレストに荷重がしっかりとかけ車体をホールドし更にスロットル操作を積極的に行えば 「グッオォォ――ン」 と旋回開始!・・・至極の時が流れます・・・正直言うと 「これ、欲しい・・・」 きっと皆さんも同じこと思いますよ。


そして、オーナーの中山さんが来てくれました。こうした日本製のいわゆる旧車を扱うショップは沢山有ります。専門店から大型店までよりどりみどり。その中で布引クラシックスを選んで頂いた事に私は大きく感謝しなければなりません。「ありがとう、中山さん!」心から感謝してますよ。
 

そして彼は10代の現役の頃、同じくホンダのCB400Fourを所有し走らせていたとの事。久し振りのホンダ、彼にはどう映るのか?・・・楽しんでくれると良いですね。また、感想を聞かせてくださいね。この度のお買い上げ誠にありがとうございました! 
オーナー 兵庫県三田市中山様  2016.12.7 布引クラシックス 松枝

  

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2016年04月28日

1980 HONDA CB750FA エンジン修理作業報告

相手を知らずして何を語らん!
英車乗りに告ぐ、DOHC4バルブインラインフォーエンジンを知らずして英国車を語る事無かれ!


今回はいつもと毛色の違うモノを紹介したい。これは1980年代、AМA スーパーバイクレースに於いてフレディの操ったCB900Fだ。純レーサーであるGP500のマシンとは似ても似つかない荒々しさ。暴れるマシンを振り廻し疾走する激しさに皆が歓喜した。今回は、そんな80年代の粋を密かに大切にして来たオーナーの為に仕事をした。


彼との出会いは、このべベルが最初だった。疲れ切ったエンジンを一からやり直し、気難しいサスペンションに手を加えた。私の手掛けた中でも最も楽しく走れるDМ860スパースポーツ、古いイタリアンで当時の最先端のレーサーレプリカ群と互角に走り得た者はそう多くない。携帯電話もデジカメもないアナログな古き良き時代の話しだ。


あれから随分経ったある日 「ホンダに乗りたい…」 神戸市民なら誰でも知っている 「有馬温泉名物 炭酸せんべい」 を手土産に突然彼が言って来た。「ホンダを…?」 一瞬間を止めて考えた。・・・・・そして、この間の話をすっ飛ばし、私は仕事を始めた…。


この時代のエンジンはでかい。車体に占める割合も高く車格や車重を決定づけている。操縦性能をも決めてしまうんだと開発に反映される前の時代。最後のクラシックホンダだ。


先ずは長いクランクシャフト、振れに各部の摩耗を調べるも我が英国車との耐久性の差は歴然だ。数万キロ使ってもメンテナンス次第ではまだまだいける。古いエンジンに携わる者なら 「さっすがっ・ホンダぁー!」 皆思うんだ。


これだけの幅のあるクランクシャフト廻りを単に不利だとする事は余り奥の深い解釈だとは言えない。どうして上手く走れない状況に陥るのか?もっともっとクランクシャフトに目を向けるべきだ・・・


1970年代を中心に4スピードから5スピードギアへと世の市販車は移行する。積極的なレース活動で得たノウハウは絶大でインラインフォーの破壊的なパワーをドンと受け止めている。そして中央の丸いモノが変速装置の要、回転式のオペレーションドラムだ。これも時を同じくしてプレート式のモノがドラム式に移行し 「カチッ!カチッ!・・・スパッ!スパッ!・・・」 今のフィーリングが完成されたんだ。


900ccベースの大柄な車体を引っ張るには正直750ccでは辛い。今回は排気量を823ccとしてみた。そして、ワイセコ社製のピストンを手に取りルーペを使って眺めてみる。リング溝、オイル穴、中子の剛性感等々…現代の高い技術で作られた鍛造ピストン 「いいね・・・」 普段化石のようなピストンしか触らない私にはキラキラ輝く宝物のように映る。


カムがシングルの初代のCB750Kでは、最早他メーカーについていけなくなりCB750Fは誕生した。カムシャフトはダイレクトな2本となりバルブは16本となった。更にこの巨大で複雑なシリンダーヘッド。このようなモノが簡単に出来るなどと思っては欲しくない。


これはカムだ。御覧のように二個のカムが行儀よく並ぶ。エンジンの中でも特に過酷な状況にあるこのカムとシムの摺動部分は辛い。激しく叩かれ、擦られ、高温に触らされる。安いオイルを早めに換えれば良いんだと言う輩にはここの過酷さなど知り得ない話だ。


このような直押しのカムにはこうしたシムが入っている(上はそのホルダー)。一度入れるとロッカーアーム式のモノと違いクリアランスの調整を取る事が煩わしい。酷い悪条件の中、数万キロ走っても微動だにしないシム達。単なる鉄の円盤だと思う事なかれ、こいつぁー本当に凄いものなんだ。


カムは今回大幅に変更した。高度に削られたリフトのでかいカムシャフト故に角度を正確に取る。ドュレーションを測りロブセンターを決め作用する図柄を頭に叩き込む。手間は掛かるがそれこそがチューニングエンジンの醍醐味だ。

話しは反れるが私が整備士になった駆け出しの頃、当時としては珍しい仕事に就いた。S型と言うプリンス製のエンジンを来る日も来る日も整備した・・・
「おいっ!マツエダ!ヘッド持てっ!」 「おいっ!クランク洗えっ!」 「おいっ!バルブ擦れっ!」 冷たいホワイトガソリンに耐え、2本のカムを慎重に取り付け、3連装されたソレックスキャブを懸命に調整した若かりし頃。 「グゥォッ・・・グゥォッ・・・グゥォッ・・・グォオオオオオオーーーーーンッ!」 ツインチョーク、ストレート6の鳥肌の立つような始動音・・・その時にDOHCとは何ぞや?バルブのタイミングとは一体何だ?連装されたキャブの意味とは何たるか?を自ら学んだ。10や110、S30に積まれたS20だと言えば分かるだろうか?・・・それは今でも私の礎、こうして高度な設計で作られたエンジンを触る時、30年以上も前の自分に戻り気を引き締める。開発したメーカーのエンジニアやレース参戦した面々の苦労とは如何ほどのものだったか・・・全く関係のない私だけれど彼らの思いを強く胸に抱いて事に当たる。それが私達整備士の義務なんだ。


キャブレター、勿論FCRやTМRを選ぶ方が賢明だ。何かにつけて敏感なCRSを選ぶ意味はやはりその古典的なルックスに他ならない。まぁしかし、それより何もこの燃料コック・・・着けようとするとキャブの頭に当り着かない。


仕方ないのでアダプターを造る…。出来るだけ外観的にシュッとしたコックを選び、タンクの取り出し口のネジ径双方に合わせた。


掛かるネジ山の数やワッシャー類の厚みを考慮しつつ出来るだけ上下の高さを低くした。ワッシャーを省略しシーリングに他の方法を取ればもう少し薄く出来たが…まぁ充分だ。


こうしたチューニング済みのエンジンでは燃料通路の内径はおろそかに出来ない。パワーがピークに達しようとする時、更にスロットルを開けると概ね失速する。一般道でもスタンダードの内径8ミリを最低限維持する事が必須だ。取っ払ったフィルターを後付けし、ワンタッチで脱着できるジョイントを組み入れホースの傷みを防ぐ…燃料をふんだんに流れるようにする事は至極大切な事なんだ。


そしてエンジンをかけた。 「キュッキュッキュッキュッ・・・・ドゥッオ――――――ン!!!」
やはり各部のベアリングやチェーンにスライダーなど音の出る場所の殆どを交換している故にサウンドも良い。カムチェーンやキャブレーなどの調整を念入りに行い明日からの走行に備えた。


そして、完成した車体を走らせよう・・・
「カコン・・・ヒュルヒュルヒュルヒュルヒュル・・・」静かに走らせて最初は様子を見る。「ドゥウ――ン・・・」軽く走る振りして充分にトルクを掛け各部を馴染ませる。「ドゥウ――ン・・・ドゥウ―――ン・・・」負荷を掛けつつ馴染ませる。元々のCB750Fは、勾配の強くなる上り坂では非力だ。今回のエンジンはその非力感を打破し、抜けるような加速感を秘め、全ては旋回中のリアタイヤの接地感を得る為に・・・どうだろう・・・本当にそうなるのだろうか?明日の走りが楽しみだ。


マシンを体でしっかりとホールドしフルブレーキングでコーナーの奥へ突き進む 
「ドゥン・ドゥン・・ドゥ―ン・・・ドゥ――ン・・・・」 
フロントフォークをボトムまで沈め旋回の体勢に移行しよう、サスペンションを深く沈めつつその時を待て!「ドッゥゥゥゥゥゥ・・・」 
インをかすめ出口のラインが読めたならスロットルを合わせレスポンスを探れっ!
「ドッゥゥゥゥゥゥドゥウ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・」 
頭をタンクに押さえつけ上体を海老のように丸め下半身で完全にマシンをホールドするんだっー!
「・・・パァ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・パァ――――ン!・・・」 
この強大な加速感こそ、メードインジャパンインラインフォーエンジンの真骨頂!
並みの輸入バイクなど寄せ付けない絶対的パワーの世界。それがホンダワールドだっ!・・・

まぁ、パワーの大きさはノ―マルエンジンからすると激変した。トルク感も伸びも申し分なく、これが750ccだったなんてもう忘れた。しかし、肝心の旋回性能については狙ったレベルに届かなかった。元々スイングアームの動きが分かり辛い車体の上にパワーだけが大きくなってバランスを崩している。車高に始まる大幅な車体の変更を行う必要が有るけれど、それはある意味しない方が良いのかも知れない・・・と私は思う。

ところで、こうしたホンダを英国車乗りはどう捉えているのか?良く見ていると「バイクはブリティッシュだよ・・・ホンダなんて乗れるかよ!」 と吐き捨てるように言う輩が眼につく。更に「俺様のトラは結構速いんだぜっ・・・フン」とか言いやがる。お笑いだ、冗談も休み休み言ってくれ。日本製の各マシンが本気で走れば我が英国車など「屁」にもならんわ。たった250ccのホンダでもあっという間にぶち抜かれてしまう。違うんだよ。第二次世界大戦の後、世界をリードしてきた我が英国車は1960年代半ばにはもうメードインジャパンについていけない予兆は把握していたんだ。それでも倒産まで何ひとつ基本設計を変えようとしないブリティッシュスピリット・・・そんな時代の変遷を鑑みて、その当時最先端だった栄光のマシンを私達自らが今、走らせる事の意味・・・我がトライアンフも、我がノートンも、我がBSAも、そしてこうしたホンダ達も全てはクラシックモーターサイクルの大切なストーリー・・・相手をリスペクトし崇め価値観を共有し、更にその歴史を楽しむことこそクラシックモーターサイクルの真髄じゃないのかい?・・・果たして皆さんはどう思うだろうか・・・


そして・・・勿論S氏は私の大切な顧客だ。しかし願う事もある。少しそんな話をしたい。
右の写真は20代の私、誰にも言わないが毎週のように鈴鹿サーキットを走り表彰台の頂点を夢見た若きライダーの端くれだった。ヤマハのTZ250に跨り走ってはエンジンをバラシ走っては車体を調整した。来る日も来る日も考え1ミリでも先へ進みたい、1000分の1秒でも前に行きたい・・・工場では得られない緊張感と迅速且つ的確な作業の連続。ノ―ピスからジュニアライダーに昇格し活躍する間もなく怪我でその時を終えた・・・私を成長させてくれたモータースポーツの世界・・・速いマシンとはどういうモノなのか?来る日も来る日も考えた・・・そして今は一般道を走るモーターサイクルを相手にしている。一般人にとって速いマシンとは一体どういうモノなんだ・・・

その上でS氏に伝えよう・・・一般道では間違いなく家路に辿り着く事が絶対だ。明日も仕事の有る社会人、如何なる理由が有ろうとも「事故したので休ませてくれ・・・」なんて話は許されない。もう分かって欲しい。私は我を見失うほどに速度を出して走る為にこのエンジンを組んだ訳じゃない。全ては余裕を持ち安全な走りをする為のモノ・・・景色を楽しみ、幾分のコーナーを走り、その土地の美味いモノを口にし、1日の有り難さを噛み締める事・・・それは正に大人旅。幾ら車体を綺麗に磨いても大人としての振る舞いが出来なければ何の意味もなくなってしまう。一台のバイクを・・・自分の人生を・・・それこそ活かすも殺すもオーナーの心次第なんだと・・・私は思うんだ・・・  
            2016.4.28 布引クラシックス 松枝

1980 HONDA CB750FA オーナー 神戸市兵庫区 西條氏  

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2015年09月07日

1986 DUCATI 750F1 修理報告


1980年代に於いて最も刺激が強いと言えばイタリア製モーターサイクルに他ならない。その頂点とも言える「モンジュイ」。今もその筋では特別な存在だ。そのベースモデルである今回の750F1。1986年製のいわゆる2型、アルミ製タンクにドライクラッチ。生粋のドゥカティとしては最後のモデルになる。
   

以前、彼のF1をタイヤ交換した。懐かしさが込み上げてくる 「テクノマグネシオ」 このホイールに特別な思いの有る私は、何時もにも増して丁寧に組み込んだ。
「どう?エフワンは?・・・」   「ええ・・・すっごく楽しいです。高速道路を全開で加速するのが最高です!」
価値観とは十人十色、楽しいのならそれでいい。これからも大切にして欲しいと見送った・・・
 

そして、季節が幾つも過ぎた夏、私は彼のエフワンを引き取って来た。    
  「エンジンがかからなくかからなくなりました・・・」   
中を開けてスタータークラッチを見るとやはり磨耗が進んで使えない。部品は既にデッドストックだが思い当たるところがある。急遽海外へオーダーし、10日後に届いたスタータークラッチを交換した。


クラッチ自体は気持ち良い程に喰いつくようになったがセルモーターの調子が良くない。
そして分解してみた。     「・・・・・・・・・」


この際、出力もギア比も高いスーパーバイク系のモノに一式交換しよう。中古だから一旦分解整備した上で取り付ける。 「ギュンギュンギュンギュン・・・・」 充分過ぎる性能となった。
この後、他に異常がないか点検をする事にした。


ブレンボ社製の初代レーシングキャリパー。まだ混迷していた時代に於いて、それはそれは飛び抜けた存在だった。だが今となっては「古き良き時代の懐かしアイテム」 最早性能では叶わない。だが当時の最先端パーツに思いを馳せる時代の風情として、今のモノには決して代えられない。このキャリパー無くして1980年代のレースシーンは語れないんだ。


一昔前までレース専用部品だと思っていたモノは、今ではカスタムパーツの常連となっている。適合性や操作性など二の次、ギラギラと光り輝き自己主張できれば全て良し・・・それが時代の流れだ。だが、その多くにそっと目をやると、なんだか悲しくなるのは私だけだろうか?錆ついた軸を丹念に磨き給油をした。そして、この手のマスターシリンダーのその多くは、レバーの比率を間違えているものが多い。ガツンっと壁のように来る事が高性能なんかじゃない。自由度のある握り代がなければ高度なブレーキングは出来ない。「ギュ―ッ」と操作できる正常な状態に戻した。


チェリアーニの後を継ぐフォルセライタリア製のこのフロントフォークもこの時代に於ける通好みなアイテムとしては欠かせない。丸みを帯びたボトムケースにゴールドアルマイトのシールホルダー、双方ともに調整可能なダンパーシステムなど、どれをとっても超一流だった。


これはハイドロキットと言っていわゆるダンパー本体で総アルミ製。小さくて見難いが上部(右端)に小さな穴がある。これが伸び側のダンパー調節用のオイル穴だ。


そしてこれがその相手側で下に径の違う穴が幾つか見えると思う。この段階的に違っている穴でもって流れるオイルの移動時間を調整する仕組みだ。伸び側の調整ダイヤルは5クリック。何も考えずに組み立てると、まともに作動しなくなるので注意が必要だ。


今度はコンプレッション側だ。左下にある黒くアルマイト処理されているモノをアンチダイブバルブと言ってこれにも大きさの違うオイル穴が開いててそれを回転させる事で流量を調整する。この圧側の調整ダイヤルは3クリックだ。


長さが違っていたスプリング用のカラーと座金を製作し、更に軽量なオーナーの為にレートを変えたスプリングを取り付ける。元々摺動する抵抗の強いフォークなので過度なレートの低さは逆に動きを妨げる。丁度の塩梅を模索する為に幾つかスプリングを用意し選択する作業が必要だ。


垂れるほどにオイルが漏れるダンパーや油圧のイニシャル装置。見事なまでに色褪せたリアショック一式・・・。こうしたパーツは日々の手入れや定期的なメンテナンスがあって初めて機能する。残念ながら一度取り付けたら後は知らない的な状況が今日では一般的だ。


皆さんはこうした究極のレース用パーツの聖地とは何処かご存知だろうか?それはドイツでもなくアメリカでもなくイタリアでもない。今も昔も英国だ。F1やモトGPを初めとする世界各国の超名門レーシングチームがこぞって本拠地を構えるこの国にはレベルの高い下請け工場やエンジニア達が現存且つ継承されていて世界の頂点としてゆるぎない地位を築いている。東京大田区や東大阪市の町工場の如く、世界最先端のモーターレース用パーツはイギリスの町工場なくして出来得ない。その英国が生んだ最高品質なサスペンションがこの「ナイトロン」なんだ。


ナイトロンジャパンさんより空の本体を借用し寸法等を決め特注した。このショックの特徴はガスを入れた後もフリーに動かせるリザーブタンク用のホースだ。スペース的に何かと制約のあるモーターサイクルの場合大変重宝する。取り付け位置を変更する場合にもホースに過度な負担を掛けずに正しい位置に配する事が出来るのは他社には無い機能だ。そしてスプリングは当然ながら軽量なオーナーに合わせレートを選択し、走行後に再度検証する。


このブラケットは他車のモノを加工して取り付けてあるがとても褒められた仕事ではない。手やすりで荒く削った跡は歪に放置され、更にハンドルストッパーの機能が無くメーターやタンクにガンガン当る。これではどうしようもないので、適切に止まるストッパーを製作した。次にハンドルロックの機能も無いので、ステアリングステムにフライス盤で長穴加工を施し施錠を可能にした。双方とも一般公道用として最低限度やるべき事だ。


極めつけだこれだ。怪しいとは思ってはいたもののグリスが皆無だとは・・・幾ら低速で廻るステアリングだからと言ってもこれは辛い。何をしようが構わないが 「素人整備」 だけは止めた方が良い。この世に命とは、たったひとつしか無いんだ・・・


次はリアのスイングアームだ。ここにも大きな不具合がある。手で揺するだけでガクンガクンと酷いガタがある。こりぁ怖い。抜いてみるとブッシュと軸の磨耗はそうでもない。ところが有るはずのスラスト側のブッシュが無く、入っていたのはエキゾーストパイプ用のガスケットが一個のみだった。只、この時代のドゥカティのここは設計も未熟で、今の形になるまで結構な変更を受けている。当然パーツもデッドストックだから、そのまま放置されている事が多い場所だ。


今回は少し考えるところがあったので手持ちの硬いジュラルミンを旋盤で削り一度様子を見る。軸の左右に光っているものがそれだ。幾らか走った後、正確なモノを砲金にて作る予定だ。


恐らく社外品に変えられているこのFRP製カウルはすこぶる薄い。しかし、このレーサーと同じように薄く積層されたカウルは超魅力的だ。エキゾーストパイプの高温から幾らかでも守ってやりたい。剥がれて肝心な部分が無くなっている断熱材を形に沿って作り直した。


たったこれだけの事、皆さんも良く知っている至極基本的な事だけれど、大事なことはこれは恒久的な処理では無いと言う事。劣化や不具合が見られたならばその場で即張り替えるものだという意識を持つ事、レーサーとはそう言うものなんだ。


こうした入手し難くなったパーツも、やはりそれ用のモノが美しい。代替品が適当に入れられているよりもこうしたジェニュインなモノを優しく取り付けてやりたい。この絵を見てオールドドゥカティの 「粋」 を感じとれる皆さんは相当ドゥカティが好きなんだ・・・


このバッテリーの位置は通好みだ。シートカウルから頭だけ覗かせてサーキットを疾走するその雄姿に皆が興奮した、しかし・・・
    「重いものが中心から遠くに有るほど車体へ悪影響を及ぼすぞっ!」
    「重量を中心に集めるのが常識だろう!・・・」    分かる、だがそれは今の概念だ。
こうした過渡期である1980年代の姿にこそ 「んー、良いね!」 多くの感動と哀愁が漂っているのさ。

その他多種多様な作業を終た後、エンジンをかけようとするもガソリンが落ちて来ない。見ると塗装のネタがリザーブ側の穴を塞いでいる・・・普通、燃料タンクを塗装をするのに内側にはマスキングしないものだろうか?。タンク内の劣化した塗膜を全て除去し、コックも全て分解し対処した。

因みに、スタンダードの燃料コックは使い勝手が悪いのでこうしてメインとリザーブの切り替えが一体になったモノに交換される事が多い。だがその流量が極端に小さくなる。マロッシの42口径を装着したこのマシンには役不足、コックの選択には注意が必要だ。


そして検査受けの為、魚崎の陸事に出掛けた。順調に検査を終え戻ろうと車体を押して歩いていると  「しかし、小さいなぁ・・・」 750の市販車としては異例のサイズ。こんなにコンパクトな750は二度と製品化されない、それだけは断言できる。


サスペンションに当りをつける為に走った後、調整作業に入る。車高、イニシャル、ダンパー等 軽量な彼を想定して進めて行く。難しいのはこうした古いイタリア製品では現行品のように必ずしも一定した数値にならない事だ。それを加味した上で幅を持ち、一歩ずつ目標に導いて行く事がある意味古典的サスペンションを仕上げるコツになる。


では走ってみよう・・・(※今回は危険なので走行中の写真はありません・・・)。
「ドゥッォ――ン・・・ドゥダダダダダダダダ・・・・」 
セカンドギアからトップギアまでスロットルを適切且つ大端に開けて加速する。
「ドゥオオオオ―――ン!・・・ドゥオオオオ―――ン!・・・ドゥオオオオ―――ン!・・・」
そしてコーナーが見えた。自分の足の位置、上腕、頭の位置・・・ブレーキングに備えて体勢を整え神経を集中する・・・ブレーキングはモーターサイクルに乗る上での要だから、必ずちゃんとやる。ここでミスをすると必ず後に尾を引くから絶対だ。


「ドゥオオオオオオオ―――ン!・・・・・・・ズゥ―――ン・・・ズゥ―――ン・・・ズゥ―――ン・・・ヒュルヒュルヒュルヒュル・・・」 
イイ感じに倒し込んだら目線を移す。旋回中は下半身でマシンをコントロール。決めたポイントを抜ける頃スロットルを大端に開けて行く・・・
「ドゥオオオオ―――ン!・・・ドゥオオオオ―――ン!・・・ドゥオオオオ―――ン!・・・」
立ち上がりは猫のように小さく背を丸め身体全体でマシンをホールドし目が覚めるような加速をしよう・・・
「ドゥオオオオ―――ン!・・・ドゥオオオオ―――ン!・・・ドゥオオオオ―――ン!・・・」
あっという間に直線が底をつき、次のコーナーが迫り来る・・・
「・・・ズゥ――ン・・・ズゥ――ン・・・ズゥ――ン・・・ヒュルヒュルヒュルヒュル・・・」 
私は彼のマシンに跨り、サスペンションの動きに神経を研ぎ澄ませ、ずっとずっと走り続けた・・・

全身に心地よい疲労感を感じるようになった頃、店に戻った。ロードレース用のヘルメットを被り気合いを入れて走るってのは、やはり楽しい・・・彼のF1をクールダウンさせ、ひとしきり考えた。
何をやっても明確な反応が無く、只怖いだけの状態だったものがどう変わったのか?・・・うん、やっとブレーキングから倒し込みの動作が鮮明に理解出来るようになった・・・レバーを緩めてから倒して行く過程を身体で感じられるようになった・・・


今まで不安定だったコーナーの中央付近、じーっと頬の下に路面を感じながら旋回しその時を待つ事が出来るようになった。今まで不快だった立ち上がりも何も怖いものが無くなった・・・自分の意思に沿ったコーナーへの進入と、ジワーッと持ちこたえられる旋回中、キラッと輝く出口への爽快な加速感・・・全てが自分の意思で操れるようになる・・・走る事が楽しくなった 「そう・・・これなんだっ!」


そしてオーナーのG氏に工場に来てもらい一連の乗り方を伝えた。ふたりで身体を使い、こうして、ああして、ととっかえひっかえ乗り換えていろんな事を話した。見ていると彼はこのマシンが相当に好きなようだ・・・くどい私の話はもうよして、少し離れて彼を観察した・・・
きっと彼の回りにはいろんな事があるんだろうな・・・・光り輝く人生ばかりじゃなかろう・・・きっと辛い事も嫌な事も投げ出したくなる事も沢山有るはずさ・・・彼の横顔にそれが書いてある・・・
けれど、何も心配なんてしなくていい。誰だって人生は楽しい事ばかりじゃない。前に進むことばかりが人生じゃないさ。人間って本当は弱いモノなんだ・・・。


それでも君はラッキーじゃないか。この軽く輝ける小さなマシンに出会える事ができたさ。どんな時にもこのマシンを見れば気分が落ち着く・・・どんな時にもこのマシンに跨れば鼓動が高鳴る・・・どんな時にもこのマシンと風を切れば夢中になれる・・・そんな誰よりも幸せな君がそこに居るじゃないか・・・


私がこうしてイタリア車を全力で整備するその訳は、只単に機械を直す事なんかじゃない。
「このマシンがなければ生きて行けない・・・」 それ程までに彼はこのマシンを愛している。
だったらそれに応えてやらなきゃならないさ!
私の握るスパナ1本でひとりの人生が左右されるんだ・・・
だからこそ誰よりも腹をくくり! 誰よりも気合いを入れて! 何処のどいつよりも根性をもってやり抜いてやる!それが私のやり方だっ!

彼のマシンに丹念にワックスをかけ磨いた後、彼は帰る身支度をした。
外は生憎の雨模様・・・本当はスッキリと晴れて、二人で清々しい気持ちになりたかった。
気をつけて帰って欲しい・・・事故の無いように帰って欲しい・・・
だって君の素晴らしい人生ってのは、これからじゃないか・・・

1986 DUCATI 750F1 修理記録 オーナー神戸市北区 G氏

一般道走行距離     252.5キロ
高速道路走行距離       82キロ
総走行距離        334.5キロ

  

Posted by nunobiki_classics at 14:33Comments(0)作業報告 その他

2015年06月12日

1971 HONDA CB750K1 整備報告 オーナー 大阪市帝塚山 H様


ある日ゴールドカラーも美しい一台のホンダが送られて来た。10代の頃より遠ざかっていたバイクに再び乗るのだとオーナーからメンテナンスの依頼だ。社会的地位も高い彼のような年齢層では旧車ならではのリスクは歓迎されない。走りに行ったその翌早朝には何事も無かったかのような顔をして職務に就く必要があるからだ。メードインジャパンだからと古い車体を甘く見てはいけない。今回はできるだけオリジナリティーを守りながら、トラブルフリーの車体へと作り変えてみようと思う。

旧車に於けるトラブルの原因のトップは紛れもなく電装系だ。この状況を見て皆さんはどう思う?メインハーネスしかり、スイッチやリレーしかり、50年来交換されずに居るこうした電気系統の傷みを楽観的に見る事は命取りだ。先ずは使えないんだという立ち位置から物事が始まる。

今回はスタンダードの電子部品をそっと箱の中に仕舞い込み現代的なものへとモディファイする。先ずはそれらが正しく着くようにベースプレートをフライス盤でアルミ板から削り出し、必要な穴や長穴の加工をする。手で板を切り出すよりも直角度や位置関係が正確に作れる。

点火系にはフルトランジスター式の点火装置を取り付けよう。トランジスターで増幅されたスパークは低温下でも力強く、無接点式のピックアップ装置は普遍的にそのタイミングを維持する。バッテリーからの電気の供給さえ安定して行えばトラブルを起こす事はない。

付属のローターをフライス加工した後、こうしてピックアップ部分を組み込んだ。これで点火系のトラブルから彼を守れる。もちろんの事劣化したイグニッションコイルにプラグキャップに至るまで新しく交換し、各スイッチの類は全て分解して接点を回復させた。何度も言うが電気とは全て回路になっている。ここはやったけど、あっちはそのままだ・・・なんて話は意味を成さない。全てやり抜く事が必要だ。

先にフライス盤で削り出したアルミのプレートは目立たないように塗装をして元からある穴などを利用してしっかりと取り付けた。右側からフューズボックスにその裏がスーターリレー、左の赤い箱がフルトランジスターの点火装置のコントロールボックス、そして左端にあるのがレギュレータ&レクチファイアー、更にはメインハーネスにイグニッションコイルなどなど…こうした電装系統の中枢部品を全て新しく刷新した。

斜めから見るとこうだ。レギュレーターは熱を発するので空冷のフィンを前方に、イグナイターとの間には断熱材を入れている。標準のフューズボックスはチャーミングだから元の位置に置いた。この時ハーネス等を止めるバンドにもオリジナリティーを守りたい。アルミにコーティングしたこれらは旧車レストアの必須アイテムだ。こうして丁寧に違和感なく取り付ける事は歴史的価値の有る名車をモディファイしてしまう事への礼儀なんだ。

ブレーキ回りも50年来のまま大きな修復を受けていない。リザーブタンクの蓋を開けると既にブレーキフルードは無く、マスターシリンダーからキャリパーの内部にまで腐食が進み完全に使えない状態になっている。

全てのシリンダー面を修復し、シール類を始め必要な部品を交換する。そして塗装の剥げ落ちだキャリパーをサンドブラストした上に塗装する。アルマイトの退色したマスターシリンダーはそのまま使い貴重な状態を踏襲する。

これはホンダ独自のフローティング機構の本体。アルミ製の長いプレートの先にキャリパーが着く。右側には軸が有ってそこを中心に左右に振れる構造だ。だが、古くなると左側の先端がディスクローターに接触しているモノが殆どだ。軸の当りを修正しシムを入れて高さをこうして戻してやる。実際の制動時にはもちろん下がってくるがこの位だと理想的に作動する丁度よい位置だと言える。

最後にブレーキホースやチューブ、曲面を持つ独特のパッドに及ぶまで全てにおいて作業を終えた。そのタッチも当時のままに再現され好感待てるモノとなる。但し、このブレーキは音が出る。こうしたフロートする構造から振動源が多く軽く握ると鳴きが出る。だが、これもホンダCB750オーナーの密かな楽しみなのかも知れない。

次にステアリングに歪みを見つけたので分解する。やはりベアリングのレースが割れステアリングステムは激しく曲がっている。けれど50年来存在しているのだから、こうした事のひとつやふたつ有ってしかるべきだと大きな心で臨むべき。それが旧車を愛する者の心得だ。

状態の良いステムを捜しだし、寸法を確認しネジ山を修正し塗装をする。ここにはステアリングのロックがある。当時のホンダは番号でキーが管理され、当然のようにメインスイッチとは共通したキーになる。しかし、現時点で両者が揃っている車体は少なく、2本のキーを持ち歩く事が常だ。今回は昔のように1本で使えるようにした。

ステムを車体に取り付ける。今回はボールに変えこのテーパーローラーベアリングにモディファイした。200キロを優に超える車体にこそ大変な効力を発揮する。

そしてホイールベアリングを始め各部品を洗浄、交換等を行った後、ブレーキ、ホイール、ステアリングにフロントフォークなどフロント廻りを組み上げる。内容の伴う作業を施した時、おのずと外からでも凛と見える。このフロント廻りに於ける安心感とは相当大切なモノになるんだ。

我が英国車に採用されているアマル社製のキャブレターでは、結構な時間放置しても始動出来る場合が多い。それに対して日本製キャブレターでは数カ月の放置で始動が困難になる。世界一優れたキャブレターではあるがそれが唯一の欠点だ。設計が凝りに凝っていて各通路も狭く酸化物で詰まり易い。そして耐用年数も本来長くない。50年来のいわゆる「国産旧車」に於いて、キャブレターの寿命は大きな問題となっているんだ。

旧車ブームである昨今、何度修理しても直らないと言うケースが後を絶たない。修理に出しても又同じだった…皆さんにも苦い経験があったかと思う。こうした古いキャブレターだは意外な場所に摩耗が起こったり、過去に誰かが穴を広げたり致命的な損傷もあるなど、ありとあらゆる疑いを持つべきだ。

その一例がこれだ。両端がご存知ジェットニードル、スロットル開度に応じて燃料の流量を決める大切な部品だ。そして真ん中のモノがそれに嵌るニードルジェットだ。この両者の隙間で流量が決まる。右側が新品で左側が古いモノ、ジェットの穴が歪になっているのが見えるだろうか?これではまともに燃料を送れない。何時まで経っても交換されずに半世紀 「お客さん…旧車ってこんなもんだよ…」 と言いうお決まりのフレーズに見送られ悔しい想いをして来た光景が目に浮かぶ…

混合比が適切になったエンジンの吹け上がり方は素晴らしい。今までの不調が嘘のようだ。現代の4シリンダーには無い図太く野性的なホンダサウンドにゾクゾクとした感動が湧く、一瞬重いのかと思わせながら力強く拭け上がるエンジンフィーリングはホンダCB750本来の姿だ。

1970年代のバイクではクラッチレバーやスロットルなど人間の操作する箇所には余り神経を使い設計はされていない。このホンダとて同じ。とにかくスロットルが重い。K0では4本のケーブルの合算が、K1では複雑なリンク機構の特性から重い。リターン用のスプリングを各種製作し試してみた。なかなかこれは難しく数種類のもを製作しては具合を見る。引く力と戻す力の妥協点を探り吟味する。試行錯誤した後、スタンダードとは較べものにならない程スムースに開ける事が出来るようになった。

折角完成した時に蒸し返すが聞いて欲しい。私は時代的な価値を考えるからこそ、或いはお金をもらってやるからこそ意地でもこうして再生させる。当然の事だ。しかし、皆さんに於いては余り無理をしない事だ。こうした古いキャブレターを甘く見ちゃいけない。人の命を危険にさらす事もあるからだ。いっそのこと今市販されているCRキャブレターに交換する事の方が安全且つ快適であることは明白な事実だ。その方が安全に楽しく始動からコーナーリングに於いてまで素晴らしい走りを楽しめる。基本的にデリケートなキャブレターとは本来50年間も使えるものじゃないのだと意識を変えてほしいと思う・・・

他にも書き切れない位の作業があって、なんだかんだと言いながら全てを終えた。機能を失っていたブレーキはパッドからマスターシリンダーまで全て完全に修復しこの車体としての制動力を取り戻した。寿命の来ているオリジナルの貴重なキャブレターには出来得る限りの作業を施し軽くスムースに廻せるスロットルと共に快適に走る事ができるようにした。そして、充電装置には近代的な制御機器に改め信頼性を上げる。点火装置にはフルトランジスター式に交換し普遍的な安心感を与えた。数10年振りに走らせる彼の為の準備は整った…
10月だと言うのに真冬並みの寒波が訪れた早朝、CB750と試運転に出掛けた。
「プッォーーーーーーーードゥドゥドゥドゥドゥドゥドゥ・・・」
エンジンを始動し暖める。フルトランジスタ式の点火装置に適切な混合比率を取り戻したオリジナルの京浜製キャブレター、そのエンジンサウンドは至極健康的だ。4っつの音が和音になって奏でる。只、スタンダードなのにこの4サイレンサーの音は正直でかい!更に野性味溢れる野太いCBサウンドだから更に迫力が増す。聞いていると何だか楽しくなって来てつい笑ってしまった…

例の如く、早速高速道路で市街地を抜ける。適切に配置された5スピードギアのミッションだから加速する仕草には不自然さは無くどんどんと前に走りだす。パワーバンドを嫌でも適切な位置に配するギア比設定は英国車にはない次世代感覚だ。そして写真にある赤いライトはご存知「速度警告灯」!?当時のバイクを知る40~50代世代の典型的な懐かしアイテムだ。赤く光る瞬間に16才に戻れる!あの輝いていた少年の頃に戻れる!何も考えずに只スロットルを開け続けていたあの頃に戻れるんだ!・・・そんな密かなお楽しみアイテムを存分に堪能する心を忘れてはいけないさ・・・。

当時の各メーカーのトップモデルの車重は重く、殆どが200キロを優に超える。このホンダも220~240キロになり、巨大なエンジンがその直接の要因となる。年輩のライダーに於いてはその取回しが少しばかりネックになる。残念な事に10代と較べると筋力は明らかに落ちている。この小さなエンジンガードは格好が悪いと思うかな?下手の証しだと思うかい?しかし私は決してそうは思わない。少し恥ずかしさが有りつつも堂々と付ければ良い。それが大人の趣味と言うものなんだ。

こうした田舎道を走る時「んー・・・コイツを買って良かった・・・」そう思うに違いない。少しの角度でパンクさせ、ひらりひらりと左右に旋回を繰り返す。車体を起こすたびにスロットルを当てて、車体を倒す為に瞬時に戻す・・・この一連の動作から来る幸せ感をもう一度見つめてみよう・・・
「ブォーン・・・ズッズッズッズッズッ・・・ドゥッウォーー――ン・・・」
思い切ってメリハリをつければ更に楽しくなる。それはやっぱりアナログで、求めていたものだと直感する・・・

そして峠道に差し掛かったならこの日一番のハイライトシーンが訪れたと心躍らせなければならない。
「ブォーン・・・ドゥッウォ――――ン・・・ドゥッウォ――――ン・・・」
どうせやるなら昔のように上手に走りたい。先ず思っている倍近い勢いでコーナーに入ってみよう。そんな遅い速度ではコーナーリングは始まらない・・・思い切って突っ込んだと同時にフロントフォークを沈めるようにすーっと前後のブレーキを操作しよう。フットレストに体重を載せ車体をホールドし脇を大きく開けてみるんだ・・・更にコーナーの出口が見えたなら遠くを見つめて美しく大端にスロットルを開けてみろっ!・・・

次のコーナーで再び車体が倒れたなら意識はずっとフットレストと目線に集中させてみるんだっ!
「ブォーン・・・ドゥッウォ――――ン・・・ドゥッウォ――――ン・・・」
そしてこの時最も大切な事は「クランクシャフトの存在感」だ。直線から車体をパンクさせる時、あの長いクランクシャフトを振り廻す感覚を体に染みつけて欲しい。「ズッドーンと加速して閉じて、いざっクランクシャフトを倒し込む!ズッドーンと加速して閉じて、いざっクランクシャフトを倒し込む!」速度を調整するのは何もブレーキだけじゃない。こうしたスロットル操作はこの時最大の速度調整装置なんだ。メリハリを忘れるなっ!はっきりと操作しろっ!もっと本気でやってみるんだっ!・・・必ず必ずやこの時、君のCB750は快楽の世界へと誘ってくれるはずだっ!

ここは三方五湖。関西圏の方なら大体の位置関係は分かる。ここまでの走行距離は約200キロ。寒い寒いと言いながら何事もなかったかのように走ってくれた。サスペンションはお世辞にも良好とは言い難く強い衝撃が直接伝わる1970年代そのままのものだ。なので現行車よりも疲労は進むもの。「あ~走ったなー・・・」腕は疲れ、腰は痛い、全身に疲労感が蔓延する・・・でもそれが1970年代のバイクだったじゃないか?・・・
そして軽く流して走る時。この時にもこのホンダは幸せを与えてくれる。
「ブォ――――ン・・・ドゥッドゥッドゥッドゥッ・・・ドゥッウォ――――ン・・・」
真っ直ぐな道を風を受けて走る時、そのホンダサウンドは心に残る。風の音と4サイレンサーから奏でるホンダミュージックはひとえに快感だ。跨って走らせている事自体が素晴らしくて心に浸みて来る。名車とはそういうモノだと改めて思うんだ・・・。

こうして遠い地にひとりで走りに行く事は大人のロマンだ。昔憧れた名車を駆り瞬時にして目的地に辿りつく。いろいろな事経験した・・・沢山の事を見て来た・・・一通り人生を経験して来たからこそ今は只走りたい・・・。理屈なんてないさ。理由なんかあるものか。只々昔のように走りたい・・・それだけなんだ。

皆さんも10代の頃、きっとバイクに乗っていたに違いない。憧れの大型免許に諦めつつもこうしたナナハンに皆が憧れを抱いていたはずだ。君達は今一体何才なんだい?屋根のついた高級車もそりゃいいさ。だけれどもそうじゃない。もう一度ハンドルを握ってみるべきじゃないのかい?風を受けて涙を流して鼻水を垂らして走ってみようじゃないか?その時に、その時にこの「CB750」は必ず夢を叶えてくれる!1968年にデビューし世界のモーターサイクル界を根底から覆した名車中の名車。全ての英国車を墓場へと葬り去った若きホンダマンの夢のマシン。世界中から認められたこの「CB750」は強烈な存在感を示す。
                   「HONDA CB750」
        それは今指をくわえて見ている君達が最後に乗るべきマシンなんだっ!

そして彼がオーナーのH氏だ。彼は16才直ぐに免許を取りヤマハの2ストロークマシン「RD350」で走りだした。とにかくどんな道であろうが彼はスロットル全開で走る。巷では「伝説の全開ライダー」として知られた。直線だろうがコーナーであろうがとにかくスロットルを緩めない。信号が青に変わる途端にスロットル全開!交差点を曲がれば全開!ブラインドの峠道でも全て全開で、まるで本能だけで生きる野獣のようだった。当然ながら危ない目にも多々遭う事になる。足から血が吹き出ていても走り続けた。骨折しようがお構いなし。本当に速くて凄い奴だった。そして、同い年の私はカワサキのマッハで彼に対抗した。「ヤマハRDとカワサキのマッハ」彼と私はいつも二人で走っていた。ホームグラウンドの六甲の山々を段差のひとつまでも知り尽くし走り続けた40年前・・・それは生涯忘れる事の出来ない最も輝いていた青春の一ページだったんだ・・・

そうして大人になった彼の選んだ「HONDA CB750」。2ストロークマシンではないけれど、きっとこれからの人生の一ページに充実した記録を残してくれるはずだ。難しく手間のかかる英国車よりもずつと信頼性が高い事は紛れもない事実だ。但し、何もせずに古いバイクは走らない。彼のように真剣に愛車を正しいモノにしたいと言う心づもりがなければ不幸な事になる。電装系やキャブレターなど耐久性の低い箇所には徹底した作業が不可欠だ。その上で手に入れたなら、存分に第二のバイク人生を楽しめる。機械を正しく機能させる事にメーカーの国境など無いって事を肝に銘じなきゃならないって訳なんだ・・・

試運転の詳細
一般道の走行距離     222km
高速道路の走行距離    179km
総走行距離         401km
使用ガソリン         17.43L(レギュラー)
燃費              23.0km/L



  

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2012年04月11日

1955 BMW R50 機関整備


今回は、少し毛色の違うドイツ製の粋なモデルを紹介しようと思う。
これは1955年製の BMW R50 味のある初期のモデルのクランクケースだ。
向かって左が前方で、右側にはフライホイールとクラッチ、そしてギアボックスがつく。
ケースは一体式で外に無骨なボルトやナットが殆ど見えないように設計されいる。
シリンダー用の丸い穴の上にある二個の穴は、OHVの長いプッシュロッド用のチューブのもの。
カムシャフトはその穴の奥に位置する。
更にその右の丸い穴2個はオイルレベルのゲージとクランク角の確認用の窓だ。
また、このケース自体、サイドメンバーとしての役割も担っていて、車体の剛性に寄与している。
そして、お分かりのようにこのレイアウトはFRの四輪車と全く同じだ・・・

その中に入るクランクシャフトがこれだ。
水平対向の空冷2気筒の排気量が493ccとなる。
ボアストロークは68×68ミリのスクエア、圧縮比は低く6.8対1.
馬力は26馬力を5800回転で出す。
クランクピンは180度位相され、爆発間隔は360度。
なので、フラットツインエンジンとはいっても当然振動は出る。
しかしながら、極力過大なストレスを与えないように随分とコンパクトになっているのがいい。
片手で簡単に持てる。
トラブルの発生源をミニマムにする思想が航空機メーカーBMW社の原点だ。

エンジンを前からみた。セスナ機のエンジンに流線型のカバーを奢ったような美しいスタイル。
流体力学のごとく洗練され、低重心での高い操縦性が一目で分かる。
そして、エンジンを包み込むフレームの剛性は明らかに高い。
各パイプも英国車よりも太く、ドーンと構えた丈夫さが心強い。
我ら英国車党には残念だが、どう見たってこっちが良いに決まってる・・・。

フィンの短い鋳鉄製のシリンダーだか、その位置から冷却性能は良い。
旧態依然としているピストンは、英国車よりも重いが剛性は高い。
それは中子の補強によるものだが、多くの英国車よりもそのクラアランスは狭く設定でき有利だ。
圧縮比は低く6.8:1と、瞬発力に依存しない理念が読み取れる。
長時間、長距離の移動において耐久性の維持をどうするのか、航空機メーカーならではの奥の深さが唸らせる。

仕上げの済んだシリンダーヘッドとバルブ関係だ。いつもの如く神経を使い仕上げる。
ここの構造は時代や設計者に関わらず、殆ど変わらない普遍的なシステムと言える。
やたら省エネルギーとか言われる現代でも可変バルブだなんだと出てはくるが、基本的な構造に違いは無い。
だが、金属やゴムの素材の進化は著しい。
現在も入手の可能な部品達もその当時の製造方法や素材を踏襲する。
特にスプリングの類では今の常識はあてはまらない。
よって、良く調べた上で早めの交換が賢明だ。

完成した右のシリンダーヘッド。
クロームメッキされたチューブの中を長いプッシュロッドが入る。
そしてロッカーアームがバルブステムのトップを押し下げ燃焼室の蓋が開く。
もちろんOHVエンジンなので、ここにカムシャフトはない。
排気は前方から、吸気は後方からそれぞれ行う。
おもしろいのは、左右のシリンダーの潤滑方法に違いがあることだ。
前方から見て左側では、クランクシャフトによる攪拌にその多くを頼っている。いわゆるウエットサンプだ。
対して右側のシリンダーにはその攪拌されたオイルが届きにくい。
よってオイルポンプでもってオイルの供給を受ける強制潤滑式となっている。
180度反対側の相当遠い場所に位置する構造への対応だ。
そんな左右非対称のスタイルを持つエンジンに於いて、使用を続けた左右のピストンの状態が結構違う場合が多い。
それは、多量のオイルがかかる左側のピストンの方に傷が多く、オイルから遠い右側のピストンの状態は殆ど無傷だ。
皆さんなら、その理由が簡単に分かるはずだ・・・

エンジンを後方から見てみると丸く大きなフライホイールが中央にある。
これにクラッチのプレッシャーカバーが装着され、単板のクラッチを挟み込む。
四輪車のメカニックの方なら、お馴染みの光景だ(いや最近はATなのかな?)。
右下にはピストンが顔を覗かせている。
今のものより、各リングも厚みがあって無骨な感じだ。
抵抗も大きく重さもあるし馴染みも遅い。
だけれど、それを言うのはタブーだ。
それは現代の常識から見ての話であって、その当時においてどんなものよりも最先端のものなのだ。
そんな時代を噛みしめながら走らせて頂くと、また楽しくなってくる・・・

これはが組み込み前のフライホイール本体だ。
クランクシャフトの後端に、このボルトで締結する。
これは、このR50を象徴する部品で・・・重くそしてゴツイ。
正直1600ccクラスの乗用車にでもそのまま使える。
下に覗くクランクシャフトとコンロッドと比較すればその大きさが分かると思う。
何もそこまで大きくしなくても・・・
たった500ccのモーターサイクルでは廻すだけでも大変な力が必要だ。
何故なんだろう?・・・
皆さんも、どうぞこのフライホイールの存在感を憶えておいて欲しい。
R50がどういうモーターサイクルなのか、その答えがここにある・・・

あの巨大なフライホイールとエンジンからの出力を一手に受けているのがここにある後ろ側のメインベアリングだ。
考えて欲しい。あの大きな質量が何千回転もの高速で廻る。
嫌か上にもこいつの受け持つ仕事は大きくなる。
乾燥重量約200キロにいろいろな装備と人員の重さ、そしてサイドカーがついた日にゃ大変な事になる。
BMWのエンジンのなかでもキーポイントとなる場所で、私が最も気に掛けるところだ。
元々はシンプルなボールベアリングが入り、分解してみると殆どのものの摩耗が進んでいる。
そうした事は設計者には理解されていて、ウエットサンプのR50でもメインベアリングにはポンプによる圧送でもって強制的に潤滑している。
だからこそ激しく壊れずに機能していると言ってもいい。
こんなところにも、航空機メーカーとしての安全性の確保がされていてさすがだと思う。
そして、クランクシャフトを取り出したならば、標準のボールベアリングに換えてアンギュラタイプのローラーベアリングを奢ってやろう。
多方向の力に対応し、かつ接触面積が格段に広くなるこのタイプのベアリングには話にならないほどの性能が秘められている。
大海原で漂う救命ボートが何万トンもの巨大タンカーに助けてもらった・・・・
それ位の安心感となる・・・(ちょっと言い過ぎたか・・・)
いずれにしても、今後の使用に於いて絶大なる耐久性をもたらしてくれる事は間違いない。

クラッチ一式を取り付けてみた。
左右のシリンダー関係も組み上がり、それらしくなってきた。
こうしてみると何だか実物大のラジコン飛行機のエンジンに見えてくるのは私だけだろうか?
丸い造形の全体像も、水平対向のエンジンレイアウトも、このおおきなフライホイールとクラッチも明確な設計思考が示されている。
似たようなエンジンしかない現代のレベルから言うと更に魅力は増す・・・

ギアボックス後ろから見たところだ。
4スピードギアで、そのギア比は極標準的に分けられていて使い勝手は良い。
右下がいわゆるカウンターシャフト、その右上がメインシャフトで出力のアウトプットとなる。
そして、中央の軸はプライマリーシャフトといい、中に大きめのコイルスプリングが入る。
サイドカーなどにも対応すべく、大きな力の増減によるショックをここで逃がしている。
左下の部分が、ラチェット式のシフト機構一式で、正確に動きそのタッチも良い。
そのシフト機構とギアをつなぐシフトフォークを見てほしい。
単に機能を果たせばよいものをこんなに美しいアールを描いている。
1950年代のクラシックモーターサイクルならではの造形に感銘する。

旧年式のBMWを扱うメカの方なら、これが何を意味するものか直ぐにお分かりのはずだ。
先のアウトプットシャフトの末端で、ここにドライブシャフトのユニバーサルジョイントが直接つく。
ここはこの形式をとるBMWの最も厄介な部分。正に鬼門だ。
サービスマニュアルの通りやっていたんではトラブる。
加えて1950年代から走っているんだからその状態にも個体差が大きく、正常でない場合が殆どだ。
元々不完全な設計と言わざるを得ないものにどう対処するのか・・・
豊富な知識と経験でもって、しっかりと確実な作業を施す。
ここに求められるものは、この一言に尽きる・・・

右側からギアボックス-ドライブシャフト-ファイナルドライブギアの順につながる。
ドライブシャフトの黒いケースはスチール製でスイングアームがそれを兼ねる。
中には細いシャフトとその末端にユニバーサルジョイントが前後の2ヶ所ある。
この世の中にFF式の四輪車が出始めたのが1980年代頃。
その普及と共に出てきた等速ジョイントだなんて思ってはいる人はいないよね?
そして、スイングアームの軸受け部が見えるだろうか?
ここの受けにはテーパーローラーベアリンクが使われる。
当時のBMWの各車には他にもホイールやアールズフォークのジョイント部など結構多くつかわれる。
その強度と正確な動きは素晴らしく、高性能さの維持に貢献度大なのは言うまでもない。
剛性感溢れる構成で恰好が良く、正に「質実剛健」この言葉があてはまる・・・

これはファイナルのスパイラルベベルギアだ。
なかなかの容量で重い車体やサイドカーにも対応する。
そのサイドカーとスタンダード車とはギア比が違い、サイドカーの方がギア比が高くなる。
今の小型乗用車のデファレンシャルギアとしても遜色のないものだ。
支えるニードルとローラーベアリング達も充分な強度をもつ。
特にスタンダード車では、オイル及びシール類の管理さえ確実な行っていればそうそう痛むものではない。
触るメカには有り難いほどの頼もしい設計と言える。

ピニオンギアも力強い風体が頼もしい。
中央のベアリンクは複列式となっていて強い力をしっかりと受ける。
只、この辺りのギアやベアリングを取り外すのは意外に手間がかかる。
なので、その耐久性の高さをいいことに、あまり分解整備されずに後回しになっていることが多い。
問題ないかな?と目をそむけずに、やはりしっかりと異常がないか見てほしい。
バックラッシュの取り方にも具合があって、素人さんではなかなか難しい。
異音やオイルに異常がでたら、お近くの経験豊富なメカの方に相談されるのが良い思う。

この車体の塗装では、タンクを含め全てがオリジナルのまま残っている。
手書きのラインも健在。ヒビや傷は有るもののかえって風情として使いたい。
是非これからも大切に残して欲しいと願っている・・・

さて、例の如く試運転に出掛ける。
目的地は兵庫県の西の端、播州は赤穂岬。
地元では「七曲り」と言ってリアス式の海岸線に沿って素晴らしい道が続くところだ。

先ず、エンジンを掛ける。ティクラーを押しフロートレベルを上げる。
ミニチュアなチェーン式のスロットルホルダーに手を掛ける。
直角の方向につくスターターペダルに足を掛け始動する。
重さはそうでもないが姿勢が不慣れな分少しやり辛さもあるが、直ぐに慣れる。
思い切って膝を高く上げ、踏み下ろす。同時にスロットルを合わせれば素直にかかる。
そのサウンドは如何にもフラットツインだ。
「ズルルルル―ン・・・ズルルルル―ン・・・・・・ズルズルズルズル」
音量は長いサイレンサーで消音されいたって紳士的で好感が持てる。
数分間暖気運転をして全体をなじませる。
四輪車の如く単板式のドライクラッチは切れが良い。
その受けであるフライホイールの振れについては特に入念に仕上げている。
前にも書いたが、この場合フラットツインだからと言って振動が少ないと言うのは誤解だ。
爆発間隔から言ってそこそこの振動が出る。
だから、存在感の巨大なこいつに大きな振れがあると異常な振動や、しいては走る感覚にまで影響が出てしまう。
無神経に只ボルトを締めてしまう事が許される場合とそうでない場合の、その後者となる。

そのクラッチをつなぎ走りだす。
ローギアは高いギア比でもって力強く発進する反面直ぐに吹けきる。
思った以上に前に進まない・・・重い感覚・・・?
だが、それに負けじと奮闘してはいけない。
交通の流れをリードすることなど、今は忘れて欲しい。
フライホイールの回転の上昇に合わせて適切なスロットル開度を心がけよう。
R50の実力発揮の時間帯はここではなくずっと後だ。
多少のタイムラグはあるものの、徐々にその力が増してくるのが分かるはずだ。
セカンド、サードと同じようにスロッル開度に気を配る。
ガソリンを過度に供給するのではなく、少なめの混合気を完全燃焼させてやる。
常にクリーンな燃焼を心がける事。それが正しい。
すると段々と車体に慣性力がついてくる。
「ズズズズズズズズズズズズズズズズ・・・・」
最初はもたついていた発進から、サードギアに入る頃には驚くほどに力がついてくる。
スロットルを戻してみる。「ズウーーーン」重いフライホイールに押される。
さあ、もう大丈夫だ!ここからはこの力を維持して走ってみよう!
エンジンの爆発力で走るのではない。
あくまでこのフライホイールの慣性力を最大限に利用して走らせる。
これがR50の正しい使い方だ!

前後18インチの旋回性の高さはこのR50の密かなお楽しみだ。
重い車重に平均的なブレーキ容量では高い制動能力はあるはずもない。
フライホイールの抵抗力を上手く使って減速の原動力とする。
車体全体でコーナーに飛び込むと、まるで羽根の生えた航空機の如く曲がりだす。
おやじギャグではない。本当に飛行機のように右に左に旋回してくれる・・・
これは例の剛性の高いフレームがあってこそ、可能な事だ。
重い力をしっかりと受け止めて、各部の動きをサポートする。
テーパーローラーベアリングで構成された作動性の高い各軸受けはこの為のものだ。
そして、右にに傾けてスロットルを大きく開ければ車体が起きる。
左に傾ければその逆だ。これもフラットツインの醍醐味でもある。
更に、エンジンやギアボックスにフレームレイアウトなど重いモノを極力下方に位置させている。
この極端に低い重心位置が高い安定性や旋回性の元となっていることにも目を向けて頂きたい・・・

行程は、阪神高速麻耶ICから第二神明道路、加古川、姫路の両バイパスを通り国道250号線で赤穂岬に着く。
帰路では、そこから山中に駆け上がり西脇市、吉川町を通り六甲山の裏から神戸市中央区の店まで戻る。
高速道では、80~90キロ位が快適帯、一般道でも50~80キロ程度で走り抜ける。
エンジンやキャブレター、車体その他の不安もなく、その耐久性も高く絶大な安心感につながる。
このR50。英国車とは全く違うものだ。
エンジン、車体、サスペンション、電装系などなど全く人種が違うと言ってもいい。
オフロードでも走ろうものなら、タイヤがどこへ行ってしまうか分からないような英国車とは雲泥の差だ!?
だが、1950年代のモノを所有する喜び。これは共通している。
触って磨いて眺めているだけでも楽しめる。
乗って走れば全然走り切ってしまう・・・・
R50を一言で言うならば、鑑賞する喜びと、高い実用性を合わせ持つ高い完成度。
航空機メーカーならではの技術力の高さ。
それが、クラシックBMWの最大の魅力ではないだろうか・・・  

Posted by nunobiki_classics at 17:19Comments(0)作業報告 その他