2019年12月21日
1958NORTON DOMINATOR 長野県Tさんプチ報告その11
その8で話したように、この88にはクワイフ社製の5スピードギアボックスがおごられている。
各ギア間の減速比の差が小さくなり、今まで苦労していた登坂路もすいすいと登れる魔法の箱だ・・・只、もろ手を挙げて喜んではイケない。ギアが一段増えただけに留まらず、その操作は頻繁になり動きも激しさを増す・・・
これを皆さんが操作しているシフトチェンジシステムの側から考えてみよう・・・左側の丸いモノがその直接のシャフトだ。モノは「てこの原理」を応用し本来大きな力が必要な場合でも適切な力で操作できるように設計される。人間に優しいモノ作りだ・・・
ところが、される側から言えば、力が局部的に強くかかり摩耗は進む事になる。更に操作の速度が増す度にその負荷はどんどん大きくなっていく、機械にとっては辛いったらありゃしない劣勢な状態を強いられる訳だ。
そうした事もあって、こうした接続部分にはクサビやスプライン加工などのズレ防止の細工が必ずある・・・(写真はトライアンフの例)更に、レバー比を変更しストロークを換えるなどするリアセットの場合はその傾向は顕著になり各軸受けにそれ以上の負荷がかかる・・・
取り外したレバーを良く見て欲しい・・・何となくおかしくないかい?・・・
分かるわね、この意味が?・・・私の目が点になった事は言わなくても分かるだろう・・・
新たなレバーを用意し組み付ける。これが正常な状態で双方がスプライン加工によってガッチリと固定されているのが分かる・・・なんと言うのか、なんの取っ掛かりもないのにボルトとナットで締め付けようとする発想の根拠が私には分からない・・・こんな程度の意識しかないこの整備に私はもうがっかりだ・・・
一般人が始動する時、必ずスターターレバーが必要だ・・・ところがこれってなんだ?これでエンジンかけろと言うのか?・・・
これは88用のレバーを途中でカットしヤマハのSR用ホールディング部分を途中から溶接してつけたようだ。で、危険なのはその角度と更には軸の固定に使うボルトだ。
下にあるモノが着けてあったボルト&ナット、上にあるモノが正規のボルト、ここには非常に強い力が加わるので専用のモノとなり、粘りや強度と言った材質そのものが違う、こここそが問題だ。
ヤマハのレバーにアセチレンで熱を加え曲げる。同じようにノートンの切り取られたベース部分にも大きく曲げ加工する・・・
あらネジに換えられていた理由はメネジをつぶした事。それによって両側からボルト&ナットで締めたという話だが、そんな事で私が納得すると思うのか?意地でも本来のボルトを使えるようにヘリサート加工してやる・・・
ノートン系のマニアにとって密かな美景が幾つかあって、このスターターレバーのボルトとワッシャーもそのひとつ (ラウンドしたボルトのヘッド及びワッシャーが大切)。 「・・・やっぱり、これだよな・・・」と、うなずいたなら貴方もノートン系の通だ・・・
これが修正前・・・
そして、これが修正後だ・・・「なんだよ、今日はキックペダルかよ・・・大げさだなぁ・・・」 君達の顔にはそう書いてある・・・しかし、ブリティシュのエンジン始動とはひとつの儀式だ。現行車にはない事前の操作を行い、自分の足でエンジンをかける。
それは誰しも神聖で厳かな精神状態で臨む。知らない者にはかける事すら出来ないブリティシュの始動。そんな時に先っちょのひん曲がったレバーで踏むなんて私はお馬鹿さんだと言っているようなものだ・・・
そもそも、モーターサイクルに於いての直角度や平行度は大切だ。ステアリング軸にエンジンマウント軸にスイングアーム軸に前後のホイールのアクスル軸・・・
クランクシャフトにギアボックスのメインシャフトにレイシャフト・・・こうしたモノが全て進行方向に対して直角を維持し全てが平行になっていなければならない。それは静的であっても動的であっても・・・
しかし、車体のみならずエンジンの剛性までもが低いブリティシュの場合、その動的な平行度なんて語れたものじゃない。それでも理想に向かって整備する事は必要で、作業者のやる気次第でその精度はバラバラだ。そんな中でも、小さな存在のスターターレバーとて必ず並行でなければならないんだ。(写真は超低剛性な1960-1962のトライアンフプリユニットモデルのフレーム(笑))
それは何も大きな部分の話だけではなく、ある意味皆さんが直接触れる操作系の各所に於ける方が重要だと言っても過言じゃない。「これっ、何となく走り難いなぁ・・・何となく疲れるよなぁ・・・」
フットレストにハンドルレバーにバックミラーに至るまで・・・どれもこれも皆さんにとっては大切で、人間の感覚に逆らうようだと実に不快に感じる。車やトラックといったもののように機能を果たすだけではないモーターサイクルは「心地良さ&幸せ感」を得られなきゃ突然悪評となってしまう・・・
こうしたモノだって大切だよ・・・地味なマスタースイッチでも確実に操作できる事は当たり前であるものの、その位置でさえクラシックモーターサイクルとしての安全性と更には豊かさをも含む。
現行車のようにメーターの間にある方が便利で安全ハンドルロック迄兼ねている。しかしこの世界では、そうでない方が「らしさ」があって幸せになれる、そんな洒落っ気も十分にあったりするんだ・・・(写真はトライアンフ)
「うわー!急にトンネルだーっ・・・」 ライトスイッチひとつとて皆さんや他者の命を脅かす可能性もある。どんな時にでもすぐに、確実に、安全に操作できなきゃイケない。元々古典的で人間工学の及んでいないブリティシュでは極力自分の能力で賄えるスタイルに変更する事も愚策ではない・・・
エンジンやキャブレターなど難しい事をとかくやりたがる皆さん、やるべき事はこうした事が先じゃないか?・・・次に走りに行く前に愛車についているハンドルレバーにバックミラー、フットレストにシフトレバーにブレーキペダル・・・今一度自分の感性に合っているか確認してみよう・・・
突発的な状況に遭遇しても「よっしゃー!」っと、冷静に操作できるモノなのか?今一度、スパナを持って愛車を整備してみようじゃないか・・・それはそもそもクラシックモーターサイクリストの義務でもあり君達の人生をより豊かにする為に有効な事なんだと私は思うんだ・・・
そして、私はこのプチ報告その1で「怒り心頭だ!」っと言った・・・次回はその核心部分の整備に進む。モーターサイクルとは危険な乗り物だと教えてやる・・・松枝
参考に・・・大切なギア変速の話を書いてます。「布引流英国車講座上級者編」 是非ご覧ください→その1、その2、その3、その4
Posted by nunobiki_classics at
12:50
│作業中車両のプチ報告