2013年10月20日
プロフェッショナルな彼の為に仕上た一台のロードスター
1972 NORTON Commando 750 Roadster MkⅣCombat

ヨーロッパのレースシーンを長きに渡り席巻したノートンマンクスもサーキットを去り、ツインエンジン車の登場で一気に高速時代へと突入する。イタリア勢と競り合うノートンコマンドに日本勢が割り込んでくる。旧態依然としたOHVエンジンでは誰が見ても劣勢だ。途方もなく離されてしまった動力性能。本業である市販車に於いても、せめて現状のエンジン出力だけでも上げる必要がある。メーカー自ら設定したコンバットエンジン(高出力仕様)をオプション設定するも、パワーだけを上げた無謀なエンジンは次々にクランクケースを破壊した。更には、翌年に標準設定とするなんて血迷うにも程がある・・・・。そんな1972ノートンコマンド750のコンバットエンジン標準仕様車を私は今、顧客の為に手掛けようとしている・・・。

コマンドの納車整備で、最も気に掛けるエンジンのマウント装置。強烈なバイブレーションを、この上ない楽しさに変えてくれる。しかし、ゴムで吊る構造だから本来の性能を発揮できる期間は意外に短いもの。初めてコマンドに乗る顧客の為に、全てを分解し手入れをする。

今までの英国車にはなかったアイソラスティックシステム。強烈な振動を吸収し、楽しい鼓動感をしっかりと伝えてくれる末期のノートンビリャーズ社を救った画期的なアイデアだ。その走りは、同じエンジンのアトラス系750ccとは似て非なるモノ。コマンドを根底から支える基幹となるものだ。車体を分解し、古いラバーを交換する。簡単にスッと外してポンと入れるなんて事は有り得ない。こびりついたラバーを剥離して、廻りの各部を含めてよく観察する。たった数個のゴムを交換する為には、相当な労力が必要であるが故に慎重に作業を進めたい。

こちらが後ろ側。この筒の中にラバーが入る。主に強い荷重を受け止めてこのシステムの中核をなす。スイングアームにも直結する箇所だから操縦性への影響も大きい。両者は常に関わり合うものだけれど、独立したものとして個々の良否を判断する事が必要だ。

そして、こちらが前。振動による振れ幅を大きくとり、主にエンジンの振動をここで消す。前後のラバーの仕事とは全く同じでない訳だから、故に寸法等に違いが有ってしかるべきだ。更に、軸方向の隙間を適切に取ること、これはこのシステムの生命線と言える。私のノウハウを最大限に注入し、慎重に組み入れた・・・・

ここは、残る最後のマウント箇所。中央にある三角形のプレートとシリンダーヘッドをつなぐ黒いプレートの辺り。この一連のものをヘッドステディーと呼ぶ。ここは、他の箇所と違い役目が別だ。エンジン及びエンジンプレートをひとつの構造体としてその左右の振れを制御するこのシステムの隠れたキーポイント。プレートの亀裂などを入念に点検するとともにラバーを全て交換し、システム全体を万全なのものとした。

これは後のホイールのハブとドラムになる。数十年来使われたホイールベアリンク、一般的な開放型のポールベアリングには定期的なグリスの交換が必要となる。今回は顧客の要望から、現行車にもあるシールドタイプのものに交換した。また、1971年頃から新たに装着された写真にあるゴム製のダンパーラバーは、ホイールとスプロケット間の緩衝用のもの。そして、黒いドラム側にある3本の爪はそれに対するものだ。これは、それまでスタッドボルトと特殊なナットで締結していたものを、1971年頃から変更するも、今現存するコマンドのその殆どが緩んでいて、指で触るだけでぐらついているものも多い。位置決めを行い、プレスで圧着し、更に裏面からアルゴン溶接を施し完全なものとした。

前のブレーキも全て分解し万全ものとす。このように美しく本来の姿であるものは余り多くはない。英国車に於けるディスクブレーキとは、好ましく受け入れられない歪んだ風潮もあって、放置されていることが殆どだ。しかし、良く考えて欲しい。750ccもあるコマンドの動力性能を止めるものはこれしかない。見て見ぬ振りをされ続けているこれらに対して、真面目に対処することが、コマンドに乗る最初のステップなんだ。

こちらは、同じくマスターシリンダーだ。キャリパー同様に全て分解し、全ての消耗部品を交換する。こうした欧米で生産された当時の英国車では、日本人のような手の小さな者の事は考慮しない。鉄板を握るかの如しだ。しかし、じっくり握ってみると効く事は効く。当時の感覚に想いを馳せながら走って欲しいものだ。そして、この部分。皆さんの愛車を見てみよう。とてもじゃないが見れたものではない。熱くモーターサイクルを語るならば、先にこうした箇所を完全に網羅してからにするべきだ。

エンジントップの分解を試みる。長年使用されたピストンにはこうしてカーボンが付着する。使えばこうして汚れが発生する。当たり前の話ではあるけれど、この事を軽く流してはいけない。この黒いスラッジは、エンジンの性能を落とす根源だ。完全に除去することが、再生への一歩になる。

そして、その除去には皆さんの大好きなスクレーパー等は使わない。大切な当時のピストンに、傷などつけることは出来ないからだ。更には、エンジンで最も大切なもののひとつであるピストンリング。加工時に出来るバリや歪みを取り除くことなど当たり前。前後左右のクリアランスに目を光らせて、全てが納得行くまで修正する。運動してこそのリングだから、それを邪魔する要素は全て取り除く、高い技術を持つ者には当たり前の作業なんだ。更に、このピストンを見てにんまりとする諸兄。皆さんは結構な通と言える。このピストンは、私の最も好きな景色なんだ。

ホーニングを終えたシリンダーに丁寧にペイントを施した。納得できるまでに仕上たピストン廻りを組込み、新しいガスケットを載せる。取り付けるスタッドボルトにナットにワッシャーに於けるまで、ひとつひとつ修正し、元のスタンダードを踏襲する。この一枚のワッシャーとて、適当なモノは使わない。大切な英国車の美しい景色なんだ。

いつもの事ではあるけれど、このシリンダーヘッドの作業には完璧を期する。バルブ、ガイド、スプリング、その他多くの箇所に目を光らせる。実際にバルブ廻りの不手際は、ユーザーが敏感になる低速時や、アイドリング近辺にその影響が強く出る。特に初めて英国車を手にするような場合、何よりも安心感を優先し、楽しく走らせる事に気を配りたい。そうした時にこそ、こうした作業のレベルの高さが問われて来るものなんだ・・・

このコマンドには、当時のコンバットエンジン専用であるアマル社製コンセントリックキャブレターが装着されている。本来コンバットエンジンとは、その性格上不調なモノが多く、いろいろな理由で各部を交換されいてるケースが目立つ。特にアメリカ方面では、メードインジャパン製のキャブレターに交換する事が、最も早い好調への近道とされる。しかし、この二度と手に入らない貴重なキャブレターを使い続けたいから、出来得る限りの策を講じる。低速で粘れるコンバットエンジンを提供したい。必ずオーナーに楽しいと言ってもらえるエンジンに仕上げてやると、何時にも増して力を込めた。

プライマリーチェーンケース辺りの作業にも気を配る。高い馬力と、強大なクランクシャフト、長いメインシャフトの先に重いクラッチを振り回す。ラフな操作は許されない英国車のウィークポイントだ。全ての部品を調べ上げ、入念に組み込んで行く。そして、左端にある丸い発電用のステーターコイル。オーナーの要望から発電容量を上げた。

これは、何の写真だか分かるだろうか?エンジンオイルのタンクにあるドレーンプラグの裏側だ。数十年来使われた英国車のオイルタンク内の汚れを皆さんも知っておいた方が良い。数センチにもなるスラッジが底面を埋め尽くし、ヘドロのように溜まっている。幾ら早めに交換しても直ぐにオイルは汚れて行く。私からオイルの大切さを皆さんに問うならば、こうして完全に除去をして差し出す事は当たり前の話となる。

こうしたスタンドの類は、現代では壊れない事が当たり前のものであり、その存在にすら目を向けられる事は無い。けれどクラシックモーターサイクルの世界では、最も壊れるものと認識して欲しい。このプロップスタンドの長さは、今の常識で理解することは難しい。荷重を掛ければ壊れる事は想像に難くない。センタースタンドもしかり。設計的にも未熟なこれらは、その摩耗も早い。突然車体が傾き、まともに立てる事が出来なくなる。それでも、突然の故障を未然に防ぐ事が私達の隠れた使命、最善の策を講じている。

その他、多くの作業を続け、完成させる事ができた。エンジンを始動し、その感触を得る。概ねその時に状況は把握できる。しかし、私はそれで終わらない。実際に顧客が使えるのか?肌で感じ取る。数百キロの旅に出掛け、本当の仕事のレベルを確認する。何年やっても頭で判断するなど時期尚早。とんでもない事が起きる可能性がある。それが英国車の常だと知っているからだ・・・

エンジンの始動性は良い。暖気運転を的確に行い神戸を発つ。トンネルを抜けて早めに郊外に出る。スロットルの反応も良好、交換したアイソラスティックのラバーも予定通りに機能する。兵庫県の山中は、素敵な県道が多くあり我々を楽しませてくれる。
暫くは、自重してエンジンを慣らしていく。その範囲の中でも、結構いけると感触を得た。

途中の高原でコマンドを休ませた。手前の登りの連続する曲線で、車体の良さを確認する。自分で交換したものだけど、楽しく走れる事が嬉しくない訳がない。的確な走らせ方を実直に行えば、いとも簡単に楽しませてくれる。「んーっ・・・良いぞ・・・」と、思わずつぶやいた。

ここは、兵庫県民なら知らない者は居ないご存知「たいこ弁当」さん。播但自動車道先にある生野店だ。私に言わせれば、いわゆるC級グルメの王道、安くて早い庶民の味方。メニューの多さは驚きだ。チャーハンからラーメン、おでんに親子丼、うどんそばにバイキングだってある楽しい店なんだ。店はお世辞にもきれいとは言えないし、味も決して美味くない。おばちゃんだって無愛想。けれどそれがまた良くて、適当な方が良い場合だってあるんだと、そう言って久し振りに店に入った。

頼んだのは、やっぱりカツカレー。私が高校生の頃から食べている染みついた味、赤い福神漬が欠かせない。そっけないお盆に無機質なスプーンにプラスチック製のコップも泣かせてくれる。「これはサンタのカレーなのかな?」食べる度に同じ事を考える。少しのウースターソースを廻しかけ、懐かしい味を堪能した。こうして、コマンドに乗り、遠い地でカレーを食べている時にも、ふと幸せを感じたりする。青い空と白い雲を見上げれば更に幸せ感が増してくる・・・。

そして、エンジンが慣れてきた頃、少し大きめにスロットルを開け本来の性能を確認した。「ん?・・・」予想はしたものの、それ以上の良さに気がついた。コンバットエンジンだと言って調子を特異なモノにしたくない。出来る限り楽しい走りを感じて欲しい。その為にいろいろと工夫を施した。2千回転を遥かに切ったこの域は、本来コンバットエンジンには無縁の世界。普通は使わない回転域だ。しかし粘る。スロットルを上手に開閉すれば、いとも簡単に回転が上がりだす。「ズッドッドッドッバッバッバッバッ・・・」わざと回転を落とし、もう一度試す。「ズッドッドッドッバッバッバッバッ・・・」変わりない。プラグの汚れを感じ取りながらもう一度試す。「ズッドッドッドッバッバッバッバッ・・・」「よしっ・・・間違いない・・・狙い通りだ。」これで、オーナーにも楽しんでもらえると確信し、更に快適な県道を楽しく攻めた。

ここは、兵庫県の日本海側にある今子浦と言って夕陽の名所。コマンドに兵庫の夕陽を見せてやろうとやって来た。しかし、生憎雨が降り出した。本格的に降るなと直感し、写真を撮る間もなく片付ける。「しょうがない、雨中走行のテストでもやるかっ!」タダで転んでたまるものかと急遽予定を変えて試運転を続行した。

いつかは雨の域から外れてやると、結構なペースで走るも、結局2時間以上はずぶ濡れになった。この舞鶴若狭道の西紀サービスエリアに戻っても、未だ止んではくれなかった。古いモーターサイクルでは、雨中の走行は避けたいもの。むき出しの電装系統がリークをし走れなくなると一般的に思われている。けれど、私の手掛けた車体ではそうしたモノは無い。今回も、大丈夫ですよと伝えたい。

神戸の店に戻った翌日、当然ながら長時間雨にさらされたコマンドを入念に洗車した。雨とは、水のみならず様々な汚れが付着する。丹念に洗い、十二分に乾燥させた。汚れた顔がキリッと締まる様は、見ていて気持ちの良いものだ。
実は、このコマンドも明日には遠い地に行ってしまう。恐らく、もう二度とここには戻らない。
店の中でじっと見つめているとグッと来てしまう。「そうだ、最後に神戸を見せてやろう!」
曇り空にも関わらず、そう言ってコマンドを走らせた。やはり異人館に旧居留地かな?
しかし、そんな時間があるはずもない。いつものテストコースである裏道を通ってここまで来た。

いつも見ている神戸港。何だか今日はひっそりと静まり返っている。
こうして座り込みコマンドを見ていると今までの事が浮かんでくる。
車体を丹念に整備し、エンジンを心行くまで組み上げた、日本海まで雨の中凍えながらも走り続けた。
遠くの地から注文を頂いたオーナーを落胆させてはいけないと誠心誠意仕事をした。
「もう、会えないな・・・」 良い年した大人がどうしたんだ?
ひきつる顔を笑顔に変えて 「ありがとう・・・」
それが愛情込めて仕上たコマンドに掛ける精一杯の言葉だった・・・

そして次の日の夕方、12時間掛けて彼が私の店まで来てくれた。
ひとりでずっと運転する事の辛さは想像以上のもの。頭が下がる思いだ。
人柄の良い素敵な彼は、私の話がそのまま伝わる腕の立つ職人だ。詳しい者同士なら理解も早い。
疲れているからと早く切り上げようと思いつつ、ひとしきりコマンドについての話をして二人で盛り上がる。
更に、お腹が空いたと二人で三宮にある私のお気に入りの餃子屋さんで食事をし、親交を深めた。
そして、約束した。「来年には、箱根で待ち合わせして八ヶ岳に走りに行きましょう。必ず行きましょう!」
と二人で誓い合った・・・

彼の乗って来たクルマに、コマンドを積み込んだ。
何だかタイダウンを締める手がいつもと違っている。
「絶対、また神戸に来ます!」彼はそう言ってくれた。
私も「僕もそちらに必ず行きますよ!」
二人で、固い握手を交わし約束した。
古い英国車だから、この先何かの変化は間違いなく起こる。
それでも、それを乗り越えて進んで行く。
それが英国車、クラシックモーターサイクルを楽しむ事なんだと、私は彼に伝えていた。
こうして、夜に消えていくテールランプを見ていると「良い出会いが出来た。あの人で本当に良かった・・・」
一期一会では、決してないけれど素敵な出会いをしてしまった。
「只単にバイクを売るんじゃない!自分の道を貫き通してやる!」
彼のお陰で、更に私の目指すべき道がはっきりと見えた。
そんな素敵な出会いとなったんだ・・・・
出発点 神戸市中央区
目的地 兵庫県美方郡香美町今子浦海岸
一般道の走行距離 351km
高速道路の走行距離 57km
総走行距離 408km
使用したガソリンの量 17.7リットル
平均燃費 23.0km/L


ヨーロッパのレースシーンを長きに渡り席巻したノートンマンクスもサーキットを去り、ツインエンジン車の登場で一気に高速時代へと突入する。イタリア勢と競り合うノートンコマンドに日本勢が割り込んでくる。旧態依然としたOHVエンジンでは誰が見ても劣勢だ。途方もなく離されてしまった動力性能。本業である市販車に於いても、せめて現状のエンジン出力だけでも上げる必要がある。メーカー自ら設定したコンバットエンジン(高出力仕様)をオプション設定するも、パワーだけを上げた無謀なエンジンは次々にクランクケースを破壊した。更には、翌年に標準設定とするなんて血迷うにも程がある・・・・。そんな1972ノートンコマンド750のコンバットエンジン標準仕様車を私は今、顧客の為に手掛けようとしている・・・。
コマンドの納車整備で、最も気に掛けるエンジンのマウント装置。強烈なバイブレーションを、この上ない楽しさに変えてくれる。しかし、ゴムで吊る構造だから本来の性能を発揮できる期間は意外に短いもの。初めてコマンドに乗る顧客の為に、全てを分解し手入れをする。
今までの英国車にはなかったアイソラスティックシステム。強烈な振動を吸収し、楽しい鼓動感をしっかりと伝えてくれる末期のノートンビリャーズ社を救った画期的なアイデアだ。その走りは、同じエンジンのアトラス系750ccとは似て非なるモノ。コマンドを根底から支える基幹となるものだ。車体を分解し、古いラバーを交換する。簡単にスッと外してポンと入れるなんて事は有り得ない。こびりついたラバーを剥離して、廻りの各部を含めてよく観察する。たった数個のゴムを交換する為には、相当な労力が必要であるが故に慎重に作業を進めたい。
こちらが後ろ側。この筒の中にラバーが入る。主に強い荷重を受け止めてこのシステムの中核をなす。スイングアームにも直結する箇所だから操縦性への影響も大きい。両者は常に関わり合うものだけれど、独立したものとして個々の良否を判断する事が必要だ。
そして、こちらが前。振動による振れ幅を大きくとり、主にエンジンの振動をここで消す。前後のラバーの仕事とは全く同じでない訳だから、故に寸法等に違いが有ってしかるべきだ。更に、軸方向の隙間を適切に取ること、これはこのシステムの生命線と言える。私のノウハウを最大限に注入し、慎重に組み入れた・・・・
ここは、残る最後のマウント箇所。中央にある三角形のプレートとシリンダーヘッドをつなぐ黒いプレートの辺り。この一連のものをヘッドステディーと呼ぶ。ここは、他の箇所と違い役目が別だ。エンジン及びエンジンプレートをひとつの構造体としてその左右の振れを制御するこのシステムの隠れたキーポイント。プレートの亀裂などを入念に点検するとともにラバーを全て交換し、システム全体を万全なのものとした。
これは後のホイールのハブとドラムになる。数十年来使われたホイールベアリンク、一般的な開放型のポールベアリングには定期的なグリスの交換が必要となる。今回は顧客の要望から、現行車にもあるシールドタイプのものに交換した。また、1971年頃から新たに装着された写真にあるゴム製のダンパーラバーは、ホイールとスプロケット間の緩衝用のもの。そして、黒いドラム側にある3本の爪はそれに対するものだ。これは、それまでスタッドボルトと特殊なナットで締結していたものを、1971年頃から変更するも、今現存するコマンドのその殆どが緩んでいて、指で触るだけでぐらついているものも多い。位置決めを行い、プレスで圧着し、更に裏面からアルゴン溶接を施し完全なものとした。
前のブレーキも全て分解し万全ものとす。このように美しく本来の姿であるものは余り多くはない。英国車に於けるディスクブレーキとは、好ましく受け入れられない歪んだ風潮もあって、放置されていることが殆どだ。しかし、良く考えて欲しい。750ccもあるコマンドの動力性能を止めるものはこれしかない。見て見ぬ振りをされ続けているこれらに対して、真面目に対処することが、コマンドに乗る最初のステップなんだ。
こちらは、同じくマスターシリンダーだ。キャリパー同様に全て分解し、全ての消耗部品を交換する。こうした欧米で生産された当時の英国車では、日本人のような手の小さな者の事は考慮しない。鉄板を握るかの如しだ。しかし、じっくり握ってみると効く事は効く。当時の感覚に想いを馳せながら走って欲しいものだ。そして、この部分。皆さんの愛車を見てみよう。とてもじゃないが見れたものではない。熱くモーターサイクルを語るならば、先にこうした箇所を完全に網羅してからにするべきだ。
エンジントップの分解を試みる。長年使用されたピストンにはこうしてカーボンが付着する。使えばこうして汚れが発生する。当たり前の話ではあるけれど、この事を軽く流してはいけない。この黒いスラッジは、エンジンの性能を落とす根源だ。完全に除去することが、再生への一歩になる。
そして、その除去には皆さんの大好きなスクレーパー等は使わない。大切な当時のピストンに、傷などつけることは出来ないからだ。更には、エンジンで最も大切なもののひとつであるピストンリング。加工時に出来るバリや歪みを取り除くことなど当たり前。前後左右のクリアランスに目を光らせて、全てが納得行くまで修正する。運動してこそのリングだから、それを邪魔する要素は全て取り除く、高い技術を持つ者には当たり前の作業なんだ。更に、このピストンを見てにんまりとする諸兄。皆さんは結構な通と言える。このピストンは、私の最も好きな景色なんだ。
ホーニングを終えたシリンダーに丁寧にペイントを施した。納得できるまでに仕上たピストン廻りを組込み、新しいガスケットを載せる。取り付けるスタッドボルトにナットにワッシャーに於けるまで、ひとつひとつ修正し、元のスタンダードを踏襲する。この一枚のワッシャーとて、適当なモノは使わない。大切な英国車の美しい景色なんだ。
いつもの事ではあるけれど、このシリンダーヘッドの作業には完璧を期する。バルブ、ガイド、スプリング、その他多くの箇所に目を光らせる。実際にバルブ廻りの不手際は、ユーザーが敏感になる低速時や、アイドリング近辺にその影響が強く出る。特に初めて英国車を手にするような場合、何よりも安心感を優先し、楽しく走らせる事に気を配りたい。そうした時にこそ、こうした作業のレベルの高さが問われて来るものなんだ・・・
このコマンドには、当時のコンバットエンジン専用であるアマル社製コンセントリックキャブレターが装着されている。本来コンバットエンジンとは、その性格上不調なモノが多く、いろいろな理由で各部を交換されいてるケースが目立つ。特にアメリカ方面では、メードインジャパン製のキャブレターに交換する事が、最も早い好調への近道とされる。しかし、この二度と手に入らない貴重なキャブレターを使い続けたいから、出来得る限りの策を講じる。低速で粘れるコンバットエンジンを提供したい。必ずオーナーに楽しいと言ってもらえるエンジンに仕上げてやると、何時にも増して力を込めた。
プライマリーチェーンケース辺りの作業にも気を配る。高い馬力と、強大なクランクシャフト、長いメインシャフトの先に重いクラッチを振り回す。ラフな操作は許されない英国車のウィークポイントだ。全ての部品を調べ上げ、入念に組み込んで行く。そして、左端にある丸い発電用のステーターコイル。オーナーの要望から発電容量を上げた。
これは、何の写真だか分かるだろうか?エンジンオイルのタンクにあるドレーンプラグの裏側だ。数十年来使われた英国車のオイルタンク内の汚れを皆さんも知っておいた方が良い。数センチにもなるスラッジが底面を埋め尽くし、ヘドロのように溜まっている。幾ら早めに交換しても直ぐにオイルは汚れて行く。私からオイルの大切さを皆さんに問うならば、こうして完全に除去をして差し出す事は当たり前の話となる。
こうしたスタンドの類は、現代では壊れない事が当たり前のものであり、その存在にすら目を向けられる事は無い。けれどクラシックモーターサイクルの世界では、最も壊れるものと認識して欲しい。このプロップスタンドの長さは、今の常識で理解することは難しい。荷重を掛ければ壊れる事は想像に難くない。センタースタンドもしかり。設計的にも未熟なこれらは、その摩耗も早い。突然車体が傾き、まともに立てる事が出来なくなる。それでも、突然の故障を未然に防ぐ事が私達の隠れた使命、最善の策を講じている。
その他、多くの作業を続け、完成させる事ができた。エンジンを始動し、その感触を得る。概ねその時に状況は把握できる。しかし、私はそれで終わらない。実際に顧客が使えるのか?肌で感じ取る。数百キロの旅に出掛け、本当の仕事のレベルを確認する。何年やっても頭で判断するなど時期尚早。とんでもない事が起きる可能性がある。それが英国車の常だと知っているからだ・・・
エンジンの始動性は良い。暖気運転を的確に行い神戸を発つ。トンネルを抜けて早めに郊外に出る。スロットルの反応も良好、交換したアイソラスティックのラバーも予定通りに機能する。兵庫県の山中は、素敵な県道が多くあり我々を楽しませてくれる。
暫くは、自重してエンジンを慣らしていく。その範囲の中でも、結構いけると感触を得た。
途中の高原でコマンドを休ませた。手前の登りの連続する曲線で、車体の良さを確認する。自分で交換したものだけど、楽しく走れる事が嬉しくない訳がない。的確な走らせ方を実直に行えば、いとも簡単に楽しませてくれる。「んーっ・・・良いぞ・・・」と、思わずつぶやいた。
ここは、兵庫県民なら知らない者は居ないご存知「たいこ弁当」さん。播但自動車道先にある生野店だ。私に言わせれば、いわゆるC級グルメの王道、安くて早い庶民の味方。メニューの多さは驚きだ。チャーハンからラーメン、おでんに親子丼、うどんそばにバイキングだってある楽しい店なんだ。店はお世辞にもきれいとは言えないし、味も決して美味くない。おばちゃんだって無愛想。けれどそれがまた良くて、適当な方が良い場合だってあるんだと、そう言って久し振りに店に入った。
頼んだのは、やっぱりカツカレー。私が高校生の頃から食べている染みついた味、赤い福神漬が欠かせない。そっけないお盆に無機質なスプーンにプラスチック製のコップも泣かせてくれる。「これはサンタのカレーなのかな?」食べる度に同じ事を考える。少しのウースターソースを廻しかけ、懐かしい味を堪能した。こうして、コマンドに乗り、遠い地でカレーを食べている時にも、ふと幸せを感じたりする。青い空と白い雲を見上げれば更に幸せ感が増してくる・・・。
そして、エンジンが慣れてきた頃、少し大きめにスロットルを開け本来の性能を確認した。「ん?・・・」予想はしたものの、それ以上の良さに気がついた。コンバットエンジンだと言って調子を特異なモノにしたくない。出来る限り楽しい走りを感じて欲しい。その為にいろいろと工夫を施した。2千回転を遥かに切ったこの域は、本来コンバットエンジンには無縁の世界。普通は使わない回転域だ。しかし粘る。スロットルを上手に開閉すれば、いとも簡単に回転が上がりだす。「ズッドッドッドッバッバッバッバッ・・・」わざと回転を落とし、もう一度試す。「ズッドッドッドッバッバッバッバッ・・・」変わりない。プラグの汚れを感じ取りながらもう一度試す。「ズッドッドッドッバッバッバッバッ・・・」「よしっ・・・間違いない・・・狙い通りだ。」これで、オーナーにも楽しんでもらえると確信し、更に快適な県道を楽しく攻めた。
ここは、兵庫県の日本海側にある今子浦と言って夕陽の名所。コマンドに兵庫の夕陽を見せてやろうとやって来た。しかし、生憎雨が降り出した。本格的に降るなと直感し、写真を撮る間もなく片付ける。「しょうがない、雨中走行のテストでもやるかっ!」タダで転んでたまるものかと急遽予定を変えて試運転を続行した。
いつかは雨の域から外れてやると、結構なペースで走るも、結局2時間以上はずぶ濡れになった。この舞鶴若狭道の西紀サービスエリアに戻っても、未だ止んではくれなかった。古いモーターサイクルでは、雨中の走行は避けたいもの。むき出しの電装系統がリークをし走れなくなると一般的に思われている。けれど、私の手掛けた車体ではそうしたモノは無い。今回も、大丈夫ですよと伝えたい。
神戸の店に戻った翌日、当然ながら長時間雨にさらされたコマンドを入念に洗車した。雨とは、水のみならず様々な汚れが付着する。丹念に洗い、十二分に乾燥させた。汚れた顔がキリッと締まる様は、見ていて気持ちの良いものだ。
店の中でじっと見つめているとグッと来てしまう。「そうだ、最後に神戸を見せてやろう!」
曇り空にも関わらず、そう言ってコマンドを走らせた。やはり異人館に旧居留地かな?
しかし、そんな時間があるはずもない。いつものテストコースである裏道を通ってここまで来た。
いつも見ている神戸港。何だか今日はひっそりと静まり返っている。
こうして座り込みコマンドを見ていると今までの事が浮かんでくる。
車体を丹念に整備し、エンジンを心行くまで組み上げた、日本海まで雨の中凍えながらも走り続けた。
遠くの地から注文を頂いたオーナーを落胆させてはいけないと誠心誠意仕事をした。
「もう、会えないな・・・」 良い年した大人がどうしたんだ?
ひきつる顔を笑顔に変えて 「ありがとう・・・」
それが愛情込めて仕上たコマンドに掛ける精一杯の言葉だった・・・
そして次の日の夕方、12時間掛けて彼が私の店まで来てくれた。
ひとりでずっと運転する事の辛さは想像以上のもの。頭が下がる思いだ。
人柄の良い素敵な彼は、私の話がそのまま伝わる腕の立つ職人だ。詳しい者同士なら理解も早い。
疲れているからと早く切り上げようと思いつつ、ひとしきりコマンドについての話をして二人で盛り上がる。
更に、お腹が空いたと二人で三宮にある私のお気に入りの餃子屋さんで食事をし、親交を深めた。
そして、約束した。「来年には、箱根で待ち合わせして八ヶ岳に走りに行きましょう。必ず行きましょう!」
と二人で誓い合った・・・
彼の乗って来たクルマに、コマンドを積み込んだ。
何だかタイダウンを締める手がいつもと違っている。
「絶対、また神戸に来ます!」彼はそう言ってくれた。
私も「僕もそちらに必ず行きますよ!」
二人で、固い握手を交わし約束した。
古い英国車だから、この先何かの変化は間違いなく起こる。
それでも、それを乗り越えて進んで行く。
それが英国車、クラシックモーターサイクルを楽しむ事なんだと、私は彼に伝えていた。
こうして、夜に消えていくテールランプを見ていると「良い出会いが出来た。あの人で本当に良かった・・・」
一期一会では、決してないけれど素敵な出会いをしてしまった。
「只単にバイクを売るんじゃない!自分の道を貫き通してやる!」
彼のお陰で、更に私の目指すべき道がはっきりと見えた。
そんな素敵な出会いとなったんだ・・・・
出発点 神戸市中央区
目的地 兵庫県美方郡香美町今子浦海岸
一般道の走行距離 351km
高速道路の走行距離 57km
総走行距離 408km
使用したガソリンの量 17.7リットル
平均燃費 23.0km/L
1973 NORTON COMMANDO 850Mk1A 兵庫県K様 納車報告です。
1970 NORTON COMMANDO 750S 神戸市M様 納車です。
1969 NORTON COMMANDO 750 FASTBACK 修理作業記録 東京都T様
1971 Norton Commando 750 Roadster MkⅡ納車記録
1973 NORTON COMMANDO 850 Mk1A 納車整備記録 東京都世田谷区T氏
NORTON Commando 750 Roadster MkⅡ 1971 フルレストア車
1970 NORTON COMMANDO 750S 神戸市M様 納車です。
1969 NORTON COMMANDO 750 FASTBACK 修理作業記録 東京都T様
1971 Norton Commando 750 Roadster MkⅡ納車記録
1973 NORTON COMMANDO 850 Mk1A 納車整備記録 東京都世田谷区T氏
NORTON Commando 750 Roadster MkⅡ 1971 フルレストア車
Posted by nunobiki_classics at 20:10
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