2015年07月19日
1973 NORTON COMMANDO 850 Mk1A 納車整備記録 東京都世田谷区T氏
在庫していたコマンドに東京から問合せが入る。電話の向こうから迷うことなく購入したいと言ってきた。
聞けばコマンドの850はこれで3台目だと言う。多くを語る事なく電話を切り、彼の為の整備を始めた。
このコマンドは過去の作業から現状は高いレベルにある。アイソラステックシステムからエンジンに電装系など主要な部分の作業は済ませている。今回は細かな事だけれど決して無視できない、そんな作業を少しばかり紹介したい。過去の作業はコチラ
コマンドのバッテリーの固定とは、概ねこうしたゴムのベルトが使われる。しかし、リプレイスパーツとしての英国製のゴムは簡単に切れてしまう。なのでうちでは日本のゴムメーカーから取り寄せた芯材入りのラバーシートを使い作り直している。
そして局所的に押されないようアルミのアングル材で保護をする。バッテリー液を補充するためのプラグも脱着の必要があるのだから、それに沿って加工もする。少しの事だけれど数ヶ月で切れてしまうモノが随分と長くもってくれる。
強い振動で希硫酸の入ったバッテリーが 「ガタッガタッガタッガタッガタッ・・・・」 トレイの中で暴れ廻っている様は、必ずオーナーを悩ませる。もしも皆さんもコマンドを買ったのなら必ず具合が悪くなっている場所なんだ。
そして更にもう一ヶ所大切な箇所を整備する。これも殆ど適当にされているハイテンションコードの取回し。イグニッションの火がリークして走れなくなる事は振動の大きなコマンドでは良く有る事。一般的にはこの取り廻しが正しいとされる?・・・何処にも当らずにリークする事もない適切なモノだと言える?・・・
取り付ける前にコードを自作する。ブレーキやクラッチなどのケーブルと同じように古いモーターサイクルではこうしてコードや金具を適切に組み立てて行く。
これはチャンピオン社製のプラグキャップで当時のモノだ。1960年代後半から1970年代に掛けて使われていた頭にCHAMPIONのロゴが入ったシンプルで最高に格好が良い当時を象徴するパーツ。だが、そうしたものを使い続けるって事はリスクもある。寿命が来ているのは分かっているけど使いたい・・・その気持ちは理解できるが、もう駄目だと判断したならストンとゴミ箱に放り込む勇気も必要なんだ。
さあ、見てもらおう・・・独特の弧を描いて廻り込む様は正にコマンドの「粋」。
強烈な振動に対しても余裕を持ちペトロールタンクやヘッドステディに干渉する事もないこの様を見て
「おお・・・イイね!・・・格好イイね!」 と思ったなら・・・君も結構な「コマンド通」だ。
その昔、貴重なLucas社製のキーを鍵屋に出したところ駄目にされた事があった。「冗談じゃないよっ!」あったまに来た私はそれ以来自分で機械を買ってこの手でコピーしている。当時は高かった機械だから元を取れるはずもない。けれど貴重なキーを壊されてたまるものか!たかがキー1本とて、顧客にとっては大切な宝物なんだ。
当時のルーカス社製のブランクキーなど手に入れる事はもはや至難の業。最もそれに近いイギリス製のブランクキーに溝を切る。MADE in ENGLAND の文字が見えると思うが形状自体はルーカス社製とほぼ同じ。今渡せる最良のキーなんだ。
その後、全てに於いて不具合が無いか点検調整作業を終えた。オイルも交換し万全なモノとした。
そして試運転だ。皆さんの知るコマンドとは・・・頼りない前後19インチの大径極細タイヤと、ユニット化されないエンジンによる低剛性な車体。強大なバイブレーションによって100%のパワーを使えない掟破りの850エンジン、速い車体を止める事など到底出来るはずもない効かないブレーキ・・・?
「えーっ?なんだよ・・・とんでもねぇバイクだな!・・・」
この常識では考えられないような組み合わせが果たしてどうなるのか?私が説くと皆さんに伝えよう・・・
850のスターターは750のそれよりも更に重く、ずぶの素人など門前払いだ。一連の始動の手順もさらりとこなすクールな者が乗るにふさわしい・・・ そして、エンジンをかける・・・・
「ズッズッ・・・・・ズッババババーン・・・ヒィーーン・・・ズッババババババババ・・・」
その瞬間辺り一面を強大な850サウンドが支配し、話す事も聞きとる事も許されない。
正に男のモーターサイクルだ。
いつもの手順を守りエンジンを優しく暖める・・・聞こえるサウンドは正しい。 そして走りだす・・・
「ズッドッドッドッドッドッドッ・・・コクン・・・ズッドッドッドッドッドッドッ・・・」
この瞬間、誰しも心が躍る。何かが始まる期待感がズッドーンと目蓋にのしかかる!
「ズッバッバッバッバッバッバッン・・・コクン・・・ズッバッバッバッバッバッバッ・・・」
強い鼓動感を伴い、低い回転でもグングンと車体を前に進めてくれる。750しか知らない者には悪いが、この感覚は850だけのもの。
「ズッバッバッバッバッバッバッン・・・コクン・・・ズッバッバッバッバッバッバッ・・・」
その感覚に洗脳されている間に早くも京都の美山地区を通過した。ここは道も景色も美しく多くのライダーか訪れる素敵な地域。スロットル操作が楽しくて夢中になり、危うく通り過ぎてしまうところだった・・・
世間一般では850のインターステイトをこう評する。
「大柄だし直線走るのが得意ですよね・・・高速使って長距離ツーリングなんか最高じゃないっすか・・・」
何処の店で聞いても同じように答える。長い旅でも乗り手を安全快適に運んでくれる。キャンプ道具をずっしり積んでもびくともしない・・・
インターステイトとは本来アメリカでの長距離移動の必要性からリクエストされたものだから、まさしくそうした使い方がふさわしい・・・なるほど・・・だけれどもこの優れた車体がそう評される事が私は気に入らない。操縦する事・・・曲る事・・・ライダーを満足させる大切な要素が無いだなんてよしてくれないか・・・
ならば私がこの850で証明してやる。幾つかの作業を施して挑んでやる。
先ずは、通常よりも随分速い速度でコーナーへと進入する 「ズッドゥ―――ン・・・・・・」
間髪入れずに倒し込み旋回する 「ズ――――ン・・・・・・」
アウトラインを読んだならスロットルを開けて加速する 「ズッズッズッズッズバッバッバッバッバッバッ・・・・」
左右のコーナーの切り返しはコーナーリングの命 思い切って速く切り返せっ!
「バッバッバッ・・・・・・・・・ズン・ズン・・・ズバッバッバッバッバッバッ・・・・」 さぁもう一度だっ!
「バッバッバッ・・・・・・・・・ズン・ズン・・・ズバッバッバッバッバッバッ・・・・」
ひとつ、ふたつ、みっつ・・・次々にコーナーを曲って行く・・・・
こぶしひとつ後ろに座れっ!頭はアイソラスティックの軸上だっ!伏せなくていい目線を上げて真っ直ぐに前を見るんだっ!
さあ行くぞっ!・・・大きく開けたスロットルを瞬時に戻してもう一度だっ!・・・・「ズッドゥ―――ン・・・・・・」
死ぬ気で飛び込めっ! 「ズ――――ン・・・・・・」
スロットルを大端に開けてみろっ!「ズッズッズッズッズバッバッバッバッバッバッ・・・・」
・・・これのどこが直線専用車なんだっ!何がロングツーリングのお伴何なんだっ!・・・・コーナーに飛び込む事、旋回する事、スロットルを開ける事・・・コーナーを攻める事こそが850インターステイトの真骨頂じゃないのか・・・ 私はヘルメットの中で静かにつぶやいた。
碧い海とずっと走りたければここに来ればいい・・・これほど長く海と走れる道はない。福井県にある越前海岸は私の最も好きな海道だ。北上すれば海の向こうに有る夢に思いを馳せながら走る事が出来る。南下すれば真っ赤な夕陽と心中するかの如くずっとずっと永遠に走っていられる。この日もそうだ。忙しい毎日に・・・心に染みる潮風と酔いしれるような磯の香りをそっと私に分けてくれた。「ありがとう・・・いつもの海よ・・・」 海とはいつも人の心を見通している。辛く悲しい感情も優しく包んでくれるんだ・・・・・・気がつけば、あっという間に目的地 「呼鳥門」 に着いていたんだ・・・
時計を見ると昼を廻っていたからめしにしよう・・・。ここは「8番ラーメン」、北陸で有名なチェーン店だ。私は高校生の頃良くここまで走ってきた。本当に金のない高校生だから昼飯とて贅沢は出来ない。帰りのガソリン代が残っていることを確認して、食べられるだけでも有り難たかった。そうしていつもこの8番ラーメンを食べていたんだ。美味かった・・・腸に沁みるほどに本当に美味かったんだ・・・
頼んだのは味噌ラーメン。それも何の変哲もないスタンダードの「味噌ラーメン」を頼んだ。そして、その当時幾らかの余裕のある時には「今日は贅沢しよう!!」友人とふたり、目をキラキラさせて頼んだ「一人前の餃子」・・・あのシーンを再現してみたかった・・・40年振りに食べた味は、それは・・・正直予想に反したものだった。「こんな味だったかな?・・・」でも、いいんだ。あの時の美味さは変わらない、それが青春の味ってものなんだ・・・
食事の後、コマンドにもガソリンを入れた。24リットル入るタンクにはまだまだ余裕がある。インターステイトがインターステイトたる所以だ。実はこうして地方のガソリンスタンドを訪れる事、私は好きだ。その地域の方言や文化に出会う事が出来る。この係りの人もこの地方のなまりで話してくれた。なんだかそれが嬉しくてひとり真似てみたものの・・・失笑した。
さぁ帰ろう・・・好きなこの海岸ともお別れだ。きっとこの子は家まで安定して私を運んでくれる。
この850が遠くの旅に適している?・・・それは正しい。けれど只の移動の手段なんかだと思ったら大間違いだ。大きく見えても850インターステイトは他車に比べて軽く適切な操作をすればいとも簡単にコーナーを楽しさに変えてくれる。もしも今この850インターステイトに乗っているオーナー達が直線専用車なんだと思っているなら、それはどこかが間違っているんだ。
誇り高き大英帝国ノートンビリャーズ社が国の威信を掛けて倒産の危機を乗り切ろうと作られたこのコマンド達。それは皆さんが思っているような「愚作」なんかじゃない。
走って欲しい、もう一度走って欲しい・・・その昔膝を摺らんばかりに楽しんだコーナーを思い出して欲しい。コマンドなら曲る、850なら強く旋回する、皆さんにだって出来るんだっ!
そして、今回東京から依頼を頂いたオーナーのT氏、地元をすっ飛ばして当店に任せてくれた事に私は大変感謝している。必ずこの縁を大切にすると約束しよう。
そして彼にとってこれが3台目のコマンド、これからは本当のコマンドの魅力を味わってもらう。
コーナーを走る度に 「やったーっ!」 旋回する度に 「たのしいーっ!」 そうヘルメットの中で叫んでしまう・・・私は君のコマンドをそうなるように作っている。もう、ごまかしは効かないさ。
目指す場所は交差点なんかじゃない。光り輝くコーナーを目指して旅をする事だ。
布引流NORTON COMMANDO 850 Mk1A Interstate とは、そう言うマシンなんだ・・・
2015年7月19日 布引クラシックス 松枝
参考資料
一般道 走行距離 288.3キロ
高速道路 走行距離 118.0キロ
総走行距離 406.3キロ
使用燃料(ハイオク) 16.26リットル
燃費 24.98km/L
1973 NORTON COMMANDO 850Mk1A 兵庫県K様 納車報告です。
1970 NORTON COMMANDO 750S 神戸市M様 納車です。
1969 NORTON COMMANDO 750 FASTBACK 修理作業記録 東京都T様
1971 Norton Commando 750 Roadster MkⅡ納車記録
NORTON Commando 750 Roadster MkⅡ 1971 フルレストア車
プロフェッショナルな彼の為に仕上た一台のロードスター
1970 NORTON COMMANDO 750S 神戸市M様 納車です。
1969 NORTON COMMANDO 750 FASTBACK 修理作業記録 東京都T様
1971 Norton Commando 750 Roadster MkⅡ納車記録
NORTON Commando 750 Roadster MkⅡ 1971 フルレストア車
プロフェッショナルな彼の為に仕上た一台のロードスター
Posted by nunobiki_classics at 22:29
│作業完成報告 ノートン編