2019年03月16日

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
モーターサイクルに於いての1980年代とは正にパワー競争の時代。レースでの勝利がセールスに直結する。そんな中新しい動きも出て来る。「万人向けのバイク作り」・・・ホンダを中心としたこうした動きもまた1980年代の側面だった・・・

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
ところが、海の向こうのイタリアでは徹底的にレーシーなマシンを作り続けた。1985年にデビューするこの「DUCATI 750F1」シリーズもそのひとつだ。いざ乗ってみるとこれがまた難しい・・・

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
「エンジンのオーバーホール出来ますか?」 店を訪ねてくれたTさん。パンタの短い寿命を気にしての依頼だ。「出来るよ・・・」と受けてみたものの調べるとエンジンの分解修理にはまだ猶予がある。それよりも他に気になる点が幾つもあって危険な箇所もある。こうした古くなっていくパンタを更に厳しい目で整備してくれるオーナーは居ないから自ずと状態が悪くなるのは分かる。先ずは安全且つ楽しく走らせる為の作業を行う事が先決だ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
この車体のクラッチレバーは重過ぎて握れない。これでは正しい運転操作は出来っこない。で、パンタのウイークポイントのひとつがこのドライクラッチだ。1型のままウエットなら良かったのにイメージ先行でドライ化される。当時私も出場していたレースでのスタートは「押し掛け」が義務付けられ、クラッチを握り、車体を押し、飛び乗ってエンジンをかけた。比較的車重のある4サイクル車はクラッチの切れがスタートダッシュの明暗を分ける・・・

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オイルで保護されない各パーツは摩耗が進み短いメンテナンスを要求する。だが皆さんは誰一人として面倒を見ようとはしない。今も私は一般人にドライクラッチを勧めたりはしない。押し掛けなどしない環境下ではウエットクラッチの優位性は明らかだ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
中でもこの油圧のレリーズ系のトラブルは多い。パーツがデッドストックであることも影響する。今回交換するレリーズピストンの中央部、ここにはスラストベアリングが圧入されているがこれがまたトラブルメーカーだ。2000年位までのドゥカティでは5千キロを超え遅くとも1万キロまでに交換する事は常識だ。

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そしてオーバーホールの必要なマスターシリンダーはオーナーのリクエストによりニッシン製のラジアルポンプタイプとした。これはレバーの位置を任意で設定できメンテナンス用のパーツの入手も容易で何より価格も安価と非常に有効なモノだ。こうした一連の作業を終えてクラッチレバーは劇的に軽くなる。難しいバイクを操る場合、不必要な悪影響を極力取り除く事が快適な走行への第一歩なんだ。

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キャブレターはデロルト製でPHF36型だ。パンタ750には他にPHM40やマロッシ製のチューニングされたタイプもある。だが、私はこのPHF36型をフルに使いこなすことが先決だと思っている。小径なベンチュリーはコントロール性が高く意思の伝達がし易く三者の中では最も走り易い。絵に描いた餅を好むのか?実益を取るのか?答えは明らかだ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
こうしたデロルト製キャブレターも製造から35年以上経ち当然の如くオーバーフローする個体が多い。こうしてフロートバルブを交換するとスパッと止る。この事はキャブレターの整備に於いて何よりも大切な事。フロートレベルの正しい固定とはキャブレターを持つエンジン整備の基本中の基本だからだ。

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更にオールドドゥカティオーナーを悩ませているのは電装系統、特にこうした充電系統に不具合を持つ個体は実に多い。この車体もステーターコイルに異常を来しコードが過熱しパンク寸前の状態だ。右がスタンダート、左が今回交換する新しいモノ。皆さんの車体でも配線を追いかけてコネクターが溶けている場合は要注意だ。

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幾ら新品でもこうしてクリアランスの確認は必須で決してローターに接触してはイケない・・・余談だが、この時必要とあるならばシフトアームのリターンスプリング二種類を交換すると尚良い。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
このレギュレーター&レクチファイアも曲者で旧式である事は否めない。右がスタンダートのボッシュ製、左が今回交換する新電元製でこれにイグニッションのインジケーター用の回路はない。こうしてステーターコイルにレギュレーター&レクチファイアを刷新する事は製造から35年経つ車体には必須だ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
短絡に寄る加熱で溶けた配線は改めて引き直す事で以後のトラブルの防止にもなる。何度も言うが電気はモーターサイクルの要、その中で最もベースとなるのがこの充電系統だ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
で、このエンジンの危険な箇所はここにもある。ドゥカティ初のコグベルトだが、皆さんは交換してくれとばかり言う。だがこの車体のようにユルユルな調整では怖くてスロットルを開けられない。チェーンやベルトの類は適切な張りがあって初めて機能する。幾らコグベルトになったからと言っても機械を正しく調整する事を忘れてはイケないんだ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
私のドゥカティ整備でいつも登場するフォルセライタリア製のフロントフォーク、これもまた曲者だ。勝手に曲がってくれるメードインジャパン達に慣れた日本人にとって特に手強い存在だ。だが、乗り易くしてみせる、それが私の仕事だ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
フォルセライタリア製のフロントフォークの設定ではインナーパイプの動きが悪く沈み込み量を増やそうとしても中々そうなってくれない。なのでバネレートを下げた特注の「ヌノビキスプリング」を装着。イニシャル位置を決めた後の沈み込み動きの良さを狙っている。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
このフォークにはダンパーの調整機能はあるもののスプリングのイニシャル用の調整機能はない。なのでこうしてカラーをmm単位で製作し入れ替える事での調整となる。「これ位かな?・・・Tさんならもう少しこうかな?・・・」走っては入替て煮詰めていく・・・

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
サスペンションのアジャスティングに最も基本で大切な事は前後の車高に寄るバランスだ。キャスターをにらんだ前後の傾きにストローク量を合わせ微妙な位置を頭の中で設計する。フォークの突き出し量にリア側のアジャスターにそれぞれのスプリングのバネルートをも重ね合わせアジャストする。特に私が意識する事は操るオーナーの技量だ。幾ら曲がるマシンを作っても操る者にその技量がなければマシンは決して言う事は聞かない。近年このパンタを所有する者のレベルは低くシティーユースされるケースも多い。彼の正味の技量と一般道を普通に走る事に対して的確に反応する車体を作り上げる事・・・これが今回のポイントなんだ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
その他様々な作業を終え神戸の陸事で継続検査を受けた。ここに来ると釈然としない部分もある。最近は若い新卒系の検査官ばかりで洒落が全く通じない。お陰で素っ気ない時間を過ごしている。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
だが今日は違った 「布引さん、いつも古いバイクばかりだね~」幾分年配の検査官がそう言ってくれて話が始まった。「古いバイク好きなんだ、へぇー・・・」 彼の昔のバイク談議に花が咲き微笑ましい時間を過ごす事が出来た。この少しの出会いが私を一日幸せにしてくれる、どうもありがとうと彼にそう言いたい。心の持ちようで人の人生を楽しいモノにも出来る。洒落ってものは仕事の励みにもなってんだ・・・

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
そして何時ものように試運転に出掛けた。「グッガッガッガッガッ・・・ズッグッォーーーーーンッ!・・・」 レーサー的なルックスに反してパンタのコーナーリングは難しい。コーナーの奥にまでブレーキングを遅らせて一気に倒そうとするも、この場に及んで車体の反応は悪い、フラフラとのたうち回り全くもってメリハリが無い・・・更に倒し込んでも車体が自分の意志へと進もうとしない・・・これが実に扱い難いんだ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
だが今日からは違う、こうしたワインディングロードはこのパンタの為にあるモノだ。頭をスクリーンの中に入れてスロットルを大きく開けて! 「グッォーーーーーンッ!・・・グッォーーーーーンッ!・・・グッォーーーーーンッ!・・・」 一気に三速落として! 「・・・・・・ズンッ・・・ズンッ・・ズンッ・・・ミューーーーン・・・」下半身とフットレストで車体をコントロールしながら、フルブレーキングを優しく解きながら、後輪を強く意識し接地面を把握しながら、目線をアウトに追いかけるとぉ・・・「オーッ!見える!・・・行きたい先が次々に出て来るぞっーぉっ!・・・」

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
次はシケインの切り返しだ!「グッォーーーーーンッ!・・・ミューーーーン・・・・・・・・・ズンッズンッ・・・グッォーーーーーンッ!・・・」 「スッゲー!メチャ速い!」 この時大切な事は何より自分の目線を車体が自ずと目指してくれることだ。行きたいところを車体自ら意思を持って進んでくれる・・・これ程強力な要素はない。だが、極端に軽量で細身の車体は乗り手のアクションに敏感だから自分の動きにも強い意志が必要だ。反応の良くなった車体ならばそれに大きな影響を与えてしまう自分自身の動きをも鍛え上げる必要があるって事・・・決して忘れちゃイケないよ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
改めてイタリア製モーターサイクルであるパンタ750を考えてみよう・・・パンタとは自分勝手だ。溺愛していても走りだすと全く言う事を聞かない。「こうかな?・・・ああかな?・・・」 いろいろとなだめても全く愛想が無く、まるでお高く留まったお嬢様のようだ 「ふんっ!ア・タ・シ・気に入らないわ・・・何よこんなもの・・・」 高価なジュエリーを差し出しても拒否され、かと思ったら「アタシ・・・何だか・・・お腹痛いわ・・・頭も痛いの・・・」 だって、なんだよこのわがまま加減は?いつもツンツンしてるクセに急に痛いとか言ってすがってくるし冗談じゃないよ、まったくぅー!・・・とにかく自分の意志通りには何事も進まない厄介者なんだ。

1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
そしてこんな事も言える・・・パンタほど極端な設計思想とクラシカルな雰囲気を漂わせるマシンは二度と生産されない。250㏄並のトラスフレームにボクサーのような強力なエンジンを搭載した1980年代の純レーシングマシン・・・希少性を含めてのそれは本当に素晴らしい・・・けれど実は細すぎてホールドし難い・・・軽く小さ過ぎて車体は敏感過ぎる・・・エンジンは強力だけど自分が完全に負けている・・・L型ツインの幅の狭いクランクシャフトの扱いなど全く対応出来てない・・・1980年代の理想の頂点と、低レベルな実力しかない一般ライダーとの大きな隔たり・・・それって君達の事なんだ・・・


1986 DUCATI 750F1-3 一般修理作業報告 西宮市T様
最後に、こんなパンタに恋心が芽生えた皆さんに改めて忠告しよう・・・どんなに好きになってもどんなに欲しくなっても絶対に立ち止まるべきだ。パンタは危険な領域に居る「時限爆弾」 君達の生活をかき乱し人生設計をも狂わせる正に「悪女」だ。どんなに君が正当化しようが悪女は悪女以外の何物でもない。今のオーナーを見てみろ、息も絶え絶えにやっとの事で維持するのが精一杯。
だが、「人と違うモノが欲しい、難しくてもガンバル、こんなカッコイイマシンが欲しいんだ!・・・」 言っても聞かない異常な感覚を持ってしまったなら、死んでも欲しいという位の想いがあるのなら、仮に君にマグマのような燃え滾った強靭な意思があるのならその時私は言ってやる・・・「パンタ以外に一体何があるんだい?・・・」 君の目の中心をにらみつけ、私はそう言ってやるさ・・・2019年3月16日 布引クラシックス 松枝


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Posted by nunobiki_classics at 18:11 │作業完成報告 その他