2015年02月18日
1965TRIUMPH T90 500cc Project
今回は愛らしいトライアンフのスモールユニットモデルの作業を紹介したい。1957年、3TAを皮切りに5TA、T90、T100Aとしてラインナップされ1970年代まで続いたトラのセカンドシリーズだ。排気量は350と500、スポーツ車としても実用車としても実に重宝された。当時十二分な性能を持っていたこれらは、現代に於いては厳しい状況になってしまう。更に小排気量故に酷使され、必要なメンテナンスも省かれて、無惨にも放置され朽ち果てて行く悲しい運命を辿る。だが、私はこのスモールユニット達が好きだ。愛車と対話をしながら目的地に着くその感動は650クラスでは味わえない。愛車との関係を何よりも大切にしている質の高いオーナーがそこに居るからだ。
おおよそ10年前にT90を当店で購入して頂いたオーナーのH氏。当初から走る事に重きを置き、共にモーターサイクルライフを駆け抜けて来た。けれど350ではトルクが極端に細く車体をグイグイと引っ張ると言う形容は難しい。頭に描いていた理想の走りとの乖離をずっと気に掛けていた。そして10年来元気に走らせてきたエンジンには疲労が進み、幾つかの不調に見舞われる。これを機会に私なりの答えを出してみた。
これは仮付けした500と手前の350の部品。何の違いも無いように見えるがその中身には大きな違いがある。両者には殆ど共通項がなく、強度的に意外にもメリハリがつけらている。350を愛する彼の為に500の心臓を持つT90SCとして再生しよう。650クラスとの旅にも堂々と渡り合えるものとして生まれ変わらせてやろうと、頭の中に設計図を描いた。
だが単純にはそうはならない。いくつもの障害が立ちはだかる。先ずその排気量が違いすぎる。左側が350で右側が500。ボアはそれぞれ58.25mmと69.00mm。その違いはなんと10.75mm!排気量にして150ccにもなる。2気筒エンジンに於いてのこの違いとは、機械を知る者にとって驚愕の世界だと思わなければ嘘だ。
クランクケースに500の部品一式を組み付けるとこうだ。心許ない風景が一瞬にして力強いものとなる。因みに手前は350のピストン・・・誰が見ても違うエンジンだと分かるはずだ。
では、クランクシャフトを見てみよう。このクランクシャフトは両者共に共通で500のものを350が使っている。そして端にあるカウンターウエイトは小振りだが、中央にあるフライホイールには結構なボリュームがある。よって500では適切に廻せるものの350では精一杯と言う図式だ。
そして今回の最大の問題点がこれだ。ピストンとクランクシャフトを連結するコネクティングロッド。説明用にクランクシャフトに仮組してみた。左が350でスチール製、右が500でアルミと鋳鉄製キャップとの合わせだ。材質的にどちらが有利かと言うと本来前者に分が上がる。しかしこの場合全くそうではないと誰にでも分かるはずだ。ピストンだけのいわゆる腰上だけのボアアップなどしてはならないと肝に銘じて欲しい。
両者の違いを更に説明しよう。ボアストロークは350が58.25×65.5ミリ、500が69×65.5ミリ。お分かりのように350はロングストローク、500はショートストロークエンジンとなっている。これはBSAのA50とA65の関係と同じ。重いフライホイールをぶん回すBSAユニットツインモデル、強烈な鼓動感を持つノートン系ツインエンジン、そして軽い吹け上がりを可能とするトライアンフ650ユニット車。このスモールユニット500とはどちらかと言うとBSAユニットツインモデル寄りの性格になる。
廉価版的性格を持つアンダークラスのエンジンには注意したい箇所もある。上級車ではボールやローラーのベアリングが入るこのクランクシャフトの軸受けに、こうしたブッシュが使われる。ご機嫌な顔して走らせている股間の真下では、凄まじい回転に耐えている。油膜が無くなれば即座に金属同士の接触が始まる。本来このブッシュとは構造もシンプルで耐久性も高い。しかし、それもこれもオイルの種類や性能が担保されていることが絶対条件だ。もっとも現代のバイク達にはこうした箇所は消え去り、随所に優れたベアリング達が備えられている。慣らし運転すら必要のないものに昇華し「オイルなど何でもいいさっ!」と吐き捨てられる。だが、ここは半世紀前の世界「上級車よりもオイル交換を頻繁にするんだぞっ!最初から回転数を上げるなよ!定期的に乗るようにしてくれよ!」私の言うこの言葉にはスモールユニットモデルとしての確固たる理由があると心して頂きたい。
これはエンジンの特性を更に左右するカムシャフトだ。左が350、右が500のモノだ。今回はツインキャブヘッドを持つデイトナ等と同じモノを使いオリジナリティーと高性能を上手く調節する。ここも注意して欲しい。手前の一段太くなっている箇所は軸受そのものだ。ここにクランクケースの穴が嵌り直接軸受として機能する。勿論フォーサイクルエンジンだからここの回転数はクランクシャフトの半分になる。負荷はバルブスプリングからの反力だけだ。だが、砲金ではなくスチールとアルミが直接その機能を担うとは「なんてこった!」常にオイルをフレッシュな状態に維持してくれると願いたい。
そして、クランクケースを薬剤に漬けこみ50年分の汚れを落とした。各部の亀裂やネジ山の不具合などを徹底的に調べ上げ修正した。このエンジンの最大の利点はこのケースのコンパクトさだ。クランクシャフト、ギアボックスのメインシャフトにレイシャフト、これらの距離が近く随分とまとまっている。一般道意外にもオフロード、更にトライアル競技に於いてもその優位性を立証した。
更に、ピストンやリングの修正を行い、的確なピストンクリアランスを与え、心新たに500としてのシリンダーを組み込んだ。輝くピストンヘッドがコンプレッションする様を語っている…ピストンクリアランスは、これからの長い使用に耐えるような設定とする。把握した範囲の中でその寸法を調整する事はかなり有効な事になる。
シリンダーやシリンダーヘッドに互換性はない。当然ながら燃焼室容量も違い、バルブ径も異なる。新調した500用の大切なヘッドに自分の持てる最高の仕事を施す。誰が見ても文句など言わせない。ここはそれ程大切な場所なんだ。
キャブレターは当然ながら径が違う。アマル社製376に換える。レスポンスの良さだけを考えればモノブロックにはならない。だが、大人の趣味としては、これが美しい。勿論の事一旦全てを分解し修正した。ペトロールホースも部品から組み上げて取り付ける。こうした一連の作業は、トライアンフが英国車である証し、きちんとした仕事をするべき箇所なんだ。
文字に限りがあるので書けないが、それ以外にも多くの修正を施し結構な仕事量となる。スモールユニットエンジンの常だ。そしてエンジンをかけた。350では「ズゥウーン・・・・・・ズッズッズッズッーン・・・」だったものが「バゥーン・・・バンバンバンバンバンバン・・・」と違う。ハンドルに伝わるバイブレーションも頼もしい。その振動を腕で感じながら内部の異常を何より先に感じ取る。「ズッズッズッズッズッズッズッズッ・・・」大切に仕上たエンジンを我が子のように見守りながら時間に比例する重さをぬぐい取る…。
その後、神戸魚崎の陸事で寸法の変更を含めた構造変更検査を受ける。私の愛車であるシポーレ―ピックアップにこっそりと隠れるように嵌るスモールユニットが愛らしい。明日は試運転に出掛けよう。冬の目的地は岡山県の牛窓町、生まれ変わったT90SCと共にヨットハーバーのある素敵な景色を駆け抜けてみよう…
必要な作業を行った後、寒風吹きさらす中、一路牛窓町を目指す。往路は国道372号線を中心に一般道で走る。各ギアポジションでの力の出方やバイブレーションの変化に神経を研ぎ澄ます。だが一般道での使用を考慮し組み上げたスモールユニットのエンジンを最初に走らせる時の感想は正直「重いっ!」各軸受のブッシュの渋さやピストンリングの摺動的重さがもろに出る。なので走り始める時と帰って来る時の吹け上がり方には雲泥の差が出るのが常だ。
慣らし運転とは只ゆっくりと走るものではなく、かけるべきところではしっかりと負荷をかける事が大切だ。自分で決めた制約の中、結構元気に走らせる事は意外に思われるかもしれない。「ズッズッズッズッズッズッーン・・・ズッズッズッズッズッヴォーン・・・」順調な走りを見せてくれるT90SCも活き活きと活気に満ち溢れている。気がつくと室津港の橋に到着していた。
そして、県境を越えて岡山県に入った。昔は小豆島へのフェリーで栄えた岡山の日生港に到着する。3本の立派な橋が四国に掛かる前には賑わっていたここも、今は本当にひっそりとしている。祝日だと言うのに誰も居ない風景に慣れてしまった自分が居た。船が、旅人が、そしてバイク達が、再びここに戻ってくることはないのだろうか…
スモールユニットモデルのギアボックスはもちろん4スピードギア。作りも良く「・・・チャン・・チャン・・・」と楽しく変速できる。ローギア等でのギア鳴りもある事は有るが650程阻害している訳ではない。走っているのはご存知岡山のブルーハイウエイ。結構な高さのある橋が続いている。夕刻にはここに素晴らしい夕陽が見られる。「ズッズッズッズッズッズッーン・・・ズッズッズッズッズッヴォーン・・・」ギアのタッチを楽しみつつ快適に走る。
「ブゥォーン・・・・・・」目的地の牛窓のヨットハーバーに到着しエンジンを止めた。ここまで約190キロ。ずっと快調に走ってくれているけれど、小さなエンジンだから少し休ませてやりたい。少し疲れているかなとスモールユニットエンジンの横顔を見ると意外にも凛として立っている。もう少しリアクションがあっても良いだろうととつぶやいた。
気が付けば早い冬の夕暮れ時の気配がする。今日はとても寒いからエンジンも冷え過ぎてしまうだろう…けれども少しずつ色づいて行く空を見ているとどうしても帰れない。どんな色の空になるのかな?夕陽を見るのが好きだから、中々その場を離れられずに居た…
残念な事に雲があって美しい景色は拝めそうにもない。仕方ないと少し残念に思っていながら再び見ていると意外な展開にハッとする。見事な桃色に空が染まり出し、辺り一面ピンク色の空に変わっていく。
「この色だよ…」
灼熱の赤よりもこうした桃色の空がこのスモールには似合っていると勝手に解釈した…
復路は山陽道、中国道、舞鶴若狭道の各高速道路で一路店を目指す。走行200キロを超える頃には各部の渋さも取れ、エンジンも軽く廻り出す。ほぼ全てが快適に機能し予定したメニューを消化した。そして、翌日には各部の不具合を調べ上げそれぞれの修正をする。大きなトラブルらしいものはなく満足のいくモノとなった。
「心を込めて組み上げたこのT90SCを、オーナーは喜んでくれるだろうか…」
この後オーナーには幾らかの距離を慣らし運転として走ってもらう。それは自らが考え、対応し、その変化をも体験してもらう為だ。そして、各部に馴染みが出た暁に、やっとこのショートストローク500としての楽しさを体験することが出来る。
「ズンズンズンズウォーン・・・ズウォーン・・・ズウォーン・・・」
USバーに伝わる力強いバイブレーションの大きな違いに心躍らせ、きっと満面の笑みを浮かべる事になると確信している。
最後に…今回は350ccのT90を現代の交通事情に合わせ「使えるモノ」としてモディファイした。
500ccの排気量を与え、それを受ける側も万全なものとした。
「だったらT100を買えばいいじゃないか?」皆さんはそう思うかもしれない。しかし、それは違う。
憧れて悩んで決死の想いで買った初めてのトライアンフ。
もう彼にとっては只のバイクなんかじゃない。
彼のいつもの口癖はこうだ。
「…この子だからっ…良いんですよ!」
長年面倒を見る者にとってこの上なく有り難い言葉だ。
只、こうした良質なオーナーが居る半面、そうでない者が居る事に私は釈然としていない。
過去にこのスモールユニットを手に入れた皆さんに問う…
350だからと視線をそらすなんて君達は無責任だ。
調子のいい事言っておきながら走らないからと相手にしない。
「650じゃなきゃ格好つかないし…」だと?生意気言うんじゃないよ。
この華奢な小さな小さなトラには幾つもの魅力が潜んでいるんだ。
それも分からずに一体何を言う?
さあ、もう一度君たちのスモールユニットを行きつけの店に持って行くんだ。
何年も経った今だから、きっと350を存分に理解できる。
成長した君達だから繊細な奥深さも汲みとれる。
キュンと胸の詰まるような感慨がきっと溢れ出してくるはずさ。
英国製クラシックモーターサイクルを楽しむと言う事。
それは心に残る深い々思い出を自らの手で作り出す事なんだ…
2015.11.28 布引クラシックス 松枝
一般道の走行距離 175.6 km
高速道路の走行距離 123.0 km
総走行距離 298.6 km
使用燃料 13.6 L
燃費 21.9 km/ L
1960TRIUMPH TR6 神戸市N様 車検整備致しました。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 車検整備 大阪堺市M様
1975 TRIUMPH T160 TRIDENT 東京都H様 納車のご報告です。
1965TRIUMPH T90SC PROJECT 兵庫県H様
1965 TRIUMPH T120 BONNEVILLE 納車整備記録
TRIUMPH TROPHY SPECIAL AMAL 389 堂々と交換致しました。
TRIUMPH TROPHY SPECIAL 車検整備 大阪堺市M様
1975 TRIUMPH T160 TRIDENT 東京都H様 納車のご報告です。
1965TRIUMPH T90SC PROJECT 兵庫県H様
1965 TRIUMPH T120 BONNEVILLE 納車整備記録
TRIUMPH TROPHY SPECIAL AMAL 389 堂々と交換致しました。
Posted by nunobiki_classics at 15:49
│作業完成報告トライアンフ編